ショールーミングの時代に求められる 「店舗ならでは」の接客スタイルを目指して
株式会社バロックジャパンリミテッド
https://www.baroque-global.com/
『季刊MS&コンサルティング 2015年夏号』掲載
取材:吉川 高弘
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。
AZUL by moussy(アズール・バイ・マウジー)はクールな世界観で10~30代中心に人気のアパレルブランド。7年前のブランド立ち上げ当初は、そのクールな世界観を伝えるために空間演出に注力しており、接客は後手に回っていたという同ブランドが、接客に力を入れ始めたのが2年前。この2年間でスタッフは大きく成長。自ら課題を発見し、解決に取り組めるまでになったという。この方針転換を決定し、推進してきた大芦信彦氏にお話を伺った。
大芦さんが統括されているブランド「AZUL by moussy」は、当初は積極的な接客をしない販売スタイルでしたが、その後、方針転換をして接客に力を入れていこうと思った理由は何ですか。
「AZUL by moussy」は、弊社が7年前に立ち上げたブランドです。非常にクールな世界観を持つブランドで、その世界観を伝えていくために「空間演出に最大のプライオリティを置く」というのが、立ち上げ時のショップコンセプトでした。そのため、商品陳列や照明といったビジュアルはもちろん、BGMやフレグランスにもこだわって、オリジナルのものを開発し、発信しています。照明を抑えた高級感のある空間の中で、プライスを見ると「あれ、意外と高くないね」という、良い意味でのギャップが狙いのブランドです。
ですから、決して接客をしなくてもいいという教育をしていたわけではないのですが、接客の優先順位が高くはなかったというのが正確なところです。ただその結果として、たとえば「商品が好き」「クールな世界観が好き」と言ってくださるブランドのファンはたくさんいらっしゃったのですが、「スタッフの○○さんが好き、憧れている」というスタッフのファンというのが、社内の他のブランドと比較しても圧倒的に少ないという状況にありました。
COOLなジーニングカジュアルをベースにした、メンズ&レディスを展開するスタイルストア。
意外ですね。すごく格好いいスタッフさんが多くいらっしゃるのに。
確かに他のブランド以上に格好良く見えるとは思うんですよね。お客さまに媚びないというか、お客さまに声をかけられたら必要最低限の応対だけをきちんとすれば良いといった、クールな世界観の中で格好良さを優先してスマートな応対をしようという雰囲気があったのは確かなので。ただ格好が良いだけでは、ファンは生まれないということなのだと思います。
しかし、インターネットが普及して「ショールーミング」という言葉が生まれたように、店頭で下見をして、実際にはネットで購入するという消費動向が珍しいものではなくなってきた時代にあって、それでも店頭で買い物をしていただくために私たちが見直すべきところは何なのかと考えたときに、やっぱり接客が必要だという結論に行き着いたわけです。従来の空間演出へのこだわりは踏襲しつつも、その上で接客もできるブランドになろうという方針を打ち出したのが、今から2年ほど前になります。
ショップ内は”まるで部屋に居るような居心地の良さと、街に居るようなクールさ”が融合された空間。
180度に近い方針転換は、大変だったと思います。
そもそもスタッフが売り方を知らないというレベルからのスタートでしたから。改善、つまり「より良くしていく」という話ではなく、お客さまをお迎えして、商品を提供して、満足してお帰りいただくという一連のプロセスを、ゼロから構築していかなければなりませんでした。たとえば新作商品が入ってきたら、その商品のお勧めポイントはどこなのかということをスタッフで共有して、それを直接口頭でお客さまにお伝えできるように、ロールプレイング形式で練習するというところからのスタートでした。
そういう取り組みを始めたのと丁度同じ頃に、御社との出会いがありました。商品や空間だけではなく、人の力によってよりCSを強化していこうと考えたときに、CSだけではなくES向上に関する支援もいただけるという点が、私どものニーズに非常に合致していると感じました。
これまである程度取り組まれている組織であれば、ミステリーショッピングリサーチを導入するだけで成果が出ることもありますが、御社の場合は今お話ししていただいたような状況がありましたので、調査よりもスタッフ教育に重点を置いたご支援プログラムを提案させていただきました。直営3店舗で取り組みをスタートして約1年半が経過しましたが、どのような変化を感じていらっしゃいますか。
すごく端的に申し上げると、「スタッフ一人ひとりが成長した」ということです。もっとも成長を感じるのは意識面で、お恥ずかしい話ですが、少し前まではスタッフに「今日の目標は何?」と聞いても、「今日のシフトは○時までです、○時まで働いて終わりです」とか、「目標って何ですか? 仕事にいちいち目標が必要なんですか?」といったレベルのスタッフまでいるのが実情でした。今は、「お客さまに喜んでもらえるように、今日はこれをやろう」と、目的意識をもって仕事をするスタッフが目に見えて増えてきたと感じています。こういうスタッフがたくさんいるお店、ブランドというのは、絶対に強いです。
あとは、各リーダーを中心として、スタッフ同士がディスカッションする癖がつきました。自分たちでディスカッションして、自分たちで課題を見つけて、それを解決するためにどうするかを話し合うという、PDCAサイクルが自発的に回せるようになったと思います。
スタッフの皆さんのコミュニケーション頻度も、以前と比べて格段に上がりましたね。
だからこそ、スタッフの意識が変わってきているのだと思います。朝礼・終礼の内容やミーティングの頻度は、御社の影響で本当に良い状態になったと実感しています。
また、そうした定例のミーティングだけではなく、ちょっと手が空いたときのコミュニケーションというのもすごく変わりました。ミーティングはもちろん重要ですけれども、「何月何日の何時からミーティングしましょう」というのを決めようとしても、お互いに忙しい中でなかなかタイミングが合わせられなかったり、現場だと特に目先の仕事を優先したりして、ミーティングは後回しになりがちですよね。ですから、手が空いたタイミングをうまく使って、ちょっと話せるということが、店舗ではすごく大事になってきます。そういう動きができるようになってきたことで、店長や各リーダーが、スタッフ一人ひとりと向き合えるようになってきたと感じます。
店は一つのチームと考えて、チーム全員でお客さまが何を望み、実現したいかに対して常に真っ直ぐに向き合う。
弊社が実施したスタッフアンケートの影響もあるのでしょうか。
そうですね。かなり心に響く結果となったスタッフも多かったでしょうから、スタッフとのコミュニケーションのあり方やリーダーシップのあり方を考えるきっかけとなったのではないかと思います。リーダークラスのスタッフは、もちろんそれまでも頑張ってはいたのだけれど、メンバーから見たときにはそれがうまく伝わっていないというか、共鳴できていないという実態が浮き彫りになりました。そういうマネジメントスタイルを志向していたわけではないけれど、結果としてトップダウンになってしまっていたということが、アンケートを通じてわかりました。それがこの1年半の取り組みを通じて、ボトムアップ型に変わってきたのかなと感じています。
それから、御社にやっていただいた新人研修の効果もかなり大きいと思います。アルバイトとして入ってくるスタッフには、応募の動機が「家から近いから」というような子もたくさんいます。しかし、最初の段階で研修をして、ブランドのコンセプトや成り立ち・背景をしっかり説明すると、逆に先入観や偏見がない分、飲み込みも早くて、早期に意識づけができることがわかりました。
非常に良い状態になってきていると実感していますので、今後はこの状態をいかに継続していけるか、そしてさらに進化していけるかということですね。
モノを売るだけではなく、お客さまの視点で感じ、考えることで、その先の喜びや感動をお客さまに提供する。
先ほど、CSだけではなくES向上のご支援もできるという観点で弊社を選んでいただいたというお話がありましたが、交通費の全額支給であったり、フルアルバイトスタッフの正社員化であったりと、「人を大事にする」ことに非常に熱心に取り組んでいらっしゃいますね。
それはブランドに限定した話ではなく、バロックジャパンリミテッドという会社としてやらせていただいています。
背景にはやはり、人材難があります。他のアパレル企業様も同様だと思いますが、募集してもなかなか人が集まらないという状況下で、「この会社やブランドが好きだから」と集まってきてくれている人たちに、安心ややりがいを提供したいということです。
そうした制度面からのサポートも非常に重要ですね。
「AZUL by moussy」というブランドは、もちろん店舗の立地などによって左右される面も大きいのですが、基本的にはユニクロのようなグローバルSPAブランドに近い販売スタイルであると考えています。つまり、最初から「この店でこれを買おう」と決めている目的買いのお客さまが中心ではなく、人通りの多いところにお店を出して、フリーのお客さまに店内に入っていただいて、価格とクオリティのバランスに価値を感じていただくことでお買い上げいただくというスタイルです。したがって、そこにプラスして「接客」という、グローバルSPAブランドにはない強みを持つことができれば、今後のブランド展開の上で大きな強みとなると考えています。
ですから、そうした強みをしっかりと確立し、ブランドとして他の店舗へも横展開を進めていくことが次のステップだと考えています。
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