危機意識の共有と部門間の連携で、本当に顧客に喜ばれるゴルフ場へ
JR九州リゾート開発株式会社|JR内野カントリークラブ
『季刊MS&コンサルティング 2013年冬号』掲載
取材:加地 義太朗・文:高島 知子
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。
自分たちの職場を守るためには、変わるしかない―。経営層と社員が一体となって、顧客満足向上のために大幅に業務の見直しを図ったJR内野カントリークラブは、2年間で社員の側から顧客に喜ばれる提案が多く上がるようになり、顧客からも「よくなった」「明るくなった」との声が寄せられるように。それらがしっかり業績にも反映されている、現在までの道のりを同社取締役支配人の角谷英彦氏に伺った。
過剰な優雅さの演出は、実は時代遅れに
華やかなイメージがあるゴルフ業界だが、市場全体は徐々に縮小する傾向にあり、価格競争や顧客の奪い合いが起 こっているのが現状だ。建築家の黒川紀章氏がクラブハウスの監修を手がけ、ゴルフ愛好家の中でもハイクラスの顧客をターゲットとするJR内野カントリーク ラブも、ゴルフ場が多い福岡で苦戦を強いられていた。「オープン18年目を迎えた2010年ごろは、年々入場者も減り、単価も落ち、売上は右肩下がりだっ た」と、取締役支配人の角谷氏は話す。
「私はそのタイミングで現職に就任したのですが、実は経営の側面からは存続を断念する選択肢もあったのです。就任するからには、当然私は続ける意志があったので、では何をすべきかというところから考えていきました」。
取締役支配人の角谷英彦氏
まずは、自分たちのゴルフ場の評価や営業状況を把握したところ、「評判は悪くはないが突出した魅力に欠ける」 「営業活動があまりされていない」といった実態が見えてきたという。右肩下がりであるのにもかかわらず、「全社的に売上に対する意識が希薄だった」と角谷 氏は当時を振り返る。
これには、ゴルフ場業態の慣習も影響しているようだ。「ゴルフ場は昔から非常に優雅な場所で、お客様は黙ってい ても来て下さる古きよき時代がありました。また、昼間で明るいのに電灯をつけたり必要以上に人を配したりと、優雅さを演出するという大義名分に甘えていた 部分もあったと思います。それがもはや時代遅れになっていると気付いていなかったことが、大きな問題点でした」。
2012年にオープン20周年を迎えたJR内野カントリークラブ。約2年の間に大幅な意識改革を実行し、顧客の評判も向上した。
顧客の声が上がり出すと改善案も次々と
そこで角谷氏が全社員に伝えたのは「あらゆる点で改善を徹底する」ことだ。具体的には、まず顧客の声を吸い上げ ること。各部署で管理していた業務日誌や個人の日誌に角谷氏を含む幹部クラス全員で目を通し、顧客の声に基づいてすぐ改めるもの、時間はかかるが変えてい くもの、などの判断を即座に下していった。
当然、社員の戸惑いはあった。慣れていることを変えることだけでなく、その意識から変革するのは容易ではない。それをどう乗り越えたのだろうか。角谷氏は、「会社が存亡の危機であると正直に伝えたのです」と語る。
「自分たちの職場を守るには、徹底した見直しで、もう一度お客様に喜んで来ていただける場所を目指すしかないん だと言い続けました。そのうちに、ちょっとした改善にお客様からの好評の声をいただくようになり、それが社員の満足に直結し始めました。それからは、社員 の側からも改善案が上がってくるようになりました」。
クラブに着いてから、プレーを楽しんで帰るまで、丸1日の演出を求められるのがゴルフ場。ひとつ印象が悪ければ全体の評価を下げてしまうことがあるだけに、気が抜けない。
来場してから帰るまで、一連の評価をMSRで把握
例えば、無駄な電気の節約もそのひとつ。前述の“優雅さの演出”のために四六時中つけていた電灯や空調を「これ は本当にお客様に必要か」という視点で判別し削減していった。また、夏の暑い盛りには茶店の側からコースに出向き、冷たいおしぼりを渡すのも、顧客に非常 に喜ばれているという。「真夏に回っていただけるのは本当にありがたいこと。その感謝を表すにはどうするかと考えて、生まれた行動です」。
「他にもキャディーさんが麦茶を用意したり、お客様の車からゴルフバッグを降ろすときにトランクの縁に毛布をかけてクッションにしたりと、社員からのアイディアや、当初から継続していた日誌の見直しによっていくつもの改善を重ねました」。
レストランでは、顧客の声を反映させ、ご飯の大盛り無料などサービスを拡充させている。他のサービス業で行っていることはゴルフ場でも実現したいと考え導入した。
基本はすべてお客様の声、と角谷氏。さらに、これまであまり活用されていなかった日誌に経営層がコメントを書いて戻すことで、社員の士気も上がっていった。
日誌から気付いた点などは、毎週行っている幹部クラスの「責任者会議」で共有し、レストラン部門やキャディー部 門、コース管理部門などのうち関係する部署を中心に対応を決めていく。こうした活動に加えて、2012年からはミステリーショッピングリサーチ(以下 MSR)を導入。「お客様が来られてから帰るまで、一連の流れの中で評価していただくことがとても参考になっている」という。
覆面調査は、当初やはり現場に抵抗感があったそうだ。だが、「お客様の声に向き合うこと」の大切さを既に知って いたからこそ、結果レポートには皆が大きな関心を寄せ、一喜一憂しながらも今では「ことあるごとに“MSR”の言葉が上がる」ほど浸透している。MSRの 結果を元に各部署がミーティングを設け、対応策を検討するのがひとつのパターンになっている。
更衣室の様子。ゴルフ場は、開放的な空間でゴルフを楽しむ場所。リラックスするための施設や設備の品質はお客様にとって非常に大切だ。更衣室も、常に清潔に保たれている。
来場してから帰るまで、一連の評価をMSRで把握
これに加えて効果があったのは、社内の若手社員を中心に組織した“改善チーム”の働きだ。同社初の試みとして、 部門を横断してメンバーが集まり、クラブ全体の改善テーマを見出して取り組んでいった。最初に行ったのは、「ありがとうキャンペーン」。部門を横断して、 職場の仲間に対して感謝の気持ちをカードに書き、それを皆が見られる場所に貼り出した。「最初は本当に書いてくれるのかと思っていましたが、若手が呼びか けたことで予想以上に盛り上がりました。信頼関係が生まれた瞬間でしたね」。
角谷氏の言葉を裏返すと、以前は職場のコミュニケーションに課題があったことが伺える。実際に、例えばレストラ ンとフロントの間など、特に部門間の関係ができておらず、それがクラブ全体の印象を下げていたという。「一人ひとりの社員は内野カントリークラブに思い入 れがあっても、ゴルフ場では自分の持ち場でお客様に喜んでいただくだけでは不十分なのです。コースがいいからレストランの食事もおいしく感じるというよう に、各シーンが延長線上にあるので、顧客満足の向上には横の連携が不可欠でした」。
「ありがとうキャンペーン」の一環で設置された、感謝を伝える「ありがとうカード」を張り出したボード。「ありがとうカード」とは、部門に関係なく、その日感謝の気持ちを伝えたい人に、感謝のメッセージを書き込むためのカードだ。
この“改善チーム”の働きや、他部署の業務を経験させる取り組みなどにより、今では部門間の連携がスムーズにな り、個々の視野も広がった。「例えばレストランの試食会をキャディーさんも交えて行うなど、他部署を知るきっかけも増やしています。今ではキャディーさん の控え室にも写真入りのメニューを置いており、お客様にお薦めを伝えてそれに満足いただけるとまた全体の評価も向上する、という好循環が生まれていま す」。
顧客からの好評の声や、インターネット上の口コミも上々だという今、これからのキーワードは“おもてなし”と角 谷氏。マニュアルではカバーできない気配りを実現するのは簡単ではないが、社員に他の評判の高いサービス業に触れる機会を設けるなどして、自身が感動した り喜んだりする経験を増やしていくという。「自分たちのサービスがお客様に支持されているのだと自信を持ち、成功体験を積んで、たとえ経営層が代わっても サービスの質は変わらないように磐石な現場を育てるのが目標です」。
「ありがとうキャンペーン」の中心的活動である、「ありがとうカード」を入れるためのポスト。ありがとうキャンペーンの実施により社員間の信頼関係が築かれ、お客様満足に向けての取組みがスピードアップした。