人的資本経営の取り組みを加速させる人事のKPIとは?
人事KPI(Key Performance Indicator)とは、人事部門が目標を着実に達成するために設ける、プロセス管理のための指標です。投資家に対してわかりやすく人的資本への取り組みを開示する必要性が高まる中、その重要性が高まっています。本コラムでは、人事KPIの具体的な事例から設定のプロセス、そして導入時に陥りがちな失敗を防ぐためのポイントまで、詳しく解説します。
目次[非表示]
- 1.人事KPIとは?
- 2.人的資本経営の取り組みを加速させる人事KPI
- 3.人的資本経営における人事KPI例
- 4.人事KPIを決める流れ
- 5.人的資本経営でよく用いられる人事KPI一覧
- 5.1.●人材育成
- 5.2.●エンゲージメント
- 5.3.●流動性(採用・定着・サクセッション)
- 5.4.●ダイバーシティ
- 5.5.●健康・安全
- 5.6.●コンプライアンス・労働慣行
- 5.7.●労働生産性
- 6.人事KPI策定で失敗しないための5つのポイント
- 7.まとめ
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人事KPIとは?
KPIとは?
はじめに、KPIとは何かを改めて整理しておきましょう。
KPIは、Key Performance Indicator(キー・パフォーマンス・インジケーター) を略した言葉で、日本語では「重要業績評価指標」と訳されます。KPIは「組織が目標に向かって順調に進んでいるかどうかを確認するために使う指標」です。
例えば、セールス部門が「契約金額10億円」という目標を掲げていたとしましょう。この場合、「面談設定数」「見積り提示率」 「契約単価」といった指標がKPIになります。毎月の営業会議で「契約金額」だけを見ていても課題の特定は難しいですが、KPIがあれば「面談数は昨年並みだが見積り提示率が下がっている、面談の質をあげる教育が必要だな」といった判断が可能になります。
KPIとKGIの違い
KPIと似た言葉にKGI、Key Goal Indicator(キー・ゴール・インジケーター)があります。日本語では「 重要目標達成指標」です。 KGIは、最終的な目標を指す言葉で、達成すべきゴールです。一方、KPIは、そのKGIを達成するためのプロセスを評価するための指標です。
先のセールス部門の例で言えば「契約金額10億円」というKGIを達成するために、KPIとして「面談設定数」「見積り提示数」 を管理するという関係性にあります。
人事KPIとは
人事KPIは、KPIの中でも、人材や人事に関する活動の進捗や効果を測定するための指標のことを指します。例えば、 採用関連だと「1人あたり採用コスト」「応募者数」など、人材育成関連だと「研修受講率」「幹部候補者の人数」などが該当します。
人事KPIという言葉が生まれた背景には、企業における人材の重要性が高まり、人事活動の効果や進捗を可視化する必要性が高まったことがあります。また、IT技術の進化で人事関連のデータが収集しやすくなり、人事活動の可視化が可能になってきたことも人事KPIの普及を後押ししています。
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人的資本経営の取り組みを加速させる人事KPI
「人的資本経営」は、人材を価値を生み出す資本として捉え、 教育や職場環境の整備などに計画的に投資し、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげようとする経営手法です。
従来の人材マネジメントでは人材を人件費、つまり、コストとして捉え、基本的にはいかに抑えるかという視点で管理してきました。しかし、人的資本経営では人材を価値が伸び縮みする資本として捉え、計画的に投資していく点に大きな違いがあります。
この人的資本経営を推進するにあたって、人事KPIを設定する必要性が高まっています。理由のひとつは、 2023年から上場企業において人的資本情報の開示義務化がはじまったことです。自社の人的資本に対する取り組みについて、数値を使って投資家にわかりやすく説明する必要が発生したのです。
また、HRテックの進展で人事データを収集・分析しやすくなったことを背景に、人材への投資効果を具体的な数値で把握し、その結果をもとに人事施策の質を高められる環境が整い始めています。人事KPIによる定量的な目標設定・進捗管理・評価は、人的資本経営を加速させる大きなポイントと言えるのです。
関連記事:人的資本経営とは?その基本や注目される背景、成功事例まで総解説
人的資本経営における人事KPI例
人事KPIをどう活用していけばいいのかイメージで掴んでいただくために、まず人事KPIを用いた人的資本の情報開示の好事例を2つご紹介します。
オリエンタルランド
オリエンタルランドは、 2024年中期経営計画の中で新型コロナからの回復と将来に向けたチャレンジとして、ROE8.0%以上など「財務数値の回復」と「ゲストの体験価値向上」 を掲げています。そして、その実現の要となる人事戦略として「従業員の働きがいの最⼤化(エンゲージメント向上) 」を重要課題として位置づけ、KGIは「2030年に働きがい総合設問・ポジティブ回答率8割以上」と定めています。
KGIの進捗をマネジメントするための人事KPIは、同設問のポジティブ回答率を前回調査より向上させることとしており、「戦略上重要なゲストの体験価値の向上は従業員の高いエンゲージメントから生み出される」という強い信念と戦略のもと、目指すべき人事KPIを絞り込んでいる点が特徴的です。
►参考:株式会社オリエンタルランド「2024中期経営計画」
アステラス製薬
売上の約4割を占める前立腺がん治療薬イクスタンジの特許満了が2027年に迫るアステラス製薬。同社は、特許満了後も持続的に成長するための方針として「Focus Area プロジェクト(重点研究開発領域 )からの売上を2030年度に5,000億円以上にする」というKGIを掲げ、新しい事業ポートフォリオの構築を目指しています。そして、このKGIを実現するにはイノベーションを生み出せる人材が育つ環境を整えることが重要と定めKPIとして次の3点を掲げています。
1.社長からの6階層以下の組織の割合(組織のフラット化)
イノベーションが生まれにくくなる政治的な組織に陥るのを避ける。
2.全組織のスパン・オブ・コントロールの平均値
マネージャー1人が管理する部下の人数(スパン・オブ・コントロール)を適正範囲におさめる。 3.エンゲージメントスコア
イノベーションが生まれる組織風土を構築する。
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イノベーションを生み出すための組織づくりが進捗しているかを測る人事KPIとして「エンゲージメントスコア」といった投資家も理解しやすい一般的な人事KPIとあわせて、「社長からの6階層以下の組織の割合」という自社の戦略にあわせた独自の人事KPIを設定している点が特徴です。
►参考:アステラス製薬株式会社「経営計画2021」「サステナビリティ・ミーティング2023 / 説明資料」
人的資本経営を加速させるには、経営戦略と人事戦略の整合性が鍵となります。どちらの企業も、経営目標、人事KGI、人事KPIの一貫性が取れている優良事例と言えます。
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人事KPIを決める流れ
では、自社の企業価値を高めていくためには、どのような流れで人事KPIを選定すればよいのでしょうか?ここでは、KPIを多面的な視点で検討するための思考ツール「KPIツリー」をご紹介します。
「KPIツリー」とは、企業や部門の目標(KGI)を達成するために重要なプロセス指標(KPI)を、樹が枝分かれしていくような図式で整理していく手法です。大きな目標を細かい指標に分け、そのつながりを示すことで、どの部分を改善すべきか考えを整理するのに役立ちます。
例えば、「採用人数20名」というKGIを実現するためのKPIツリーを考える場合、一番左はじに「採用人数20名」と書きます。次に、「採用人数」に影響する指標を洗い出していきます【図1】。
【図1】採用人数目標を達成するためのKPIツリー①
KPIツリーは、ロジカルシンキング(論理的思考法)の道具であるロジックツリーのうちのひとつです。MECE(モレなくダブりなく)を意識しながら、まとめていくことがポイントになります。
例えば、先の「採用人数20名」のKGIに対して先ほどの【図1】では採用媒体ルート別のKPIの洗い出しで終わっています。ここで「採用媒体を使わない方法は何がある?」と考え、情報を集めます。すると、今「リファラル採用(社員から知人を紹介してもらう採用)」「アルムナイ採用(自社を退職した元従業員のOB・OG採用)」とった採用手法があるといった情報が集まります。するとKPIツリーは【図2】のようになります。
【図2】採用人数目標を達成するためのKPIツリー②
このように、あるKGIを実現するためのKPIを細かく分解しながら整理していく方法が「KPIツリー」です。すべての可能性を網羅するようにすることで、問題や施策の全体像を見渡せるので、効果的な解決策を見つけるのに役立ちます。
また人的資本経営を推進するには、経営戦略と人事戦略の連動が欠かせません。「KPIツリー」はKGIに紐付けてKPIを洗い出せるため、戦略の一貫性をぶらさないでKPIを設定していくうえで使いやすい思考ツールです。経営コンサルティングを提供している弊社では、KPIツリーをはじめとしたロジックツリーをよく使いますが、強力な助っ人となってくれると断言できます。ぜひ使ってみてほしいと思います。
人的資本経営でよく用いられる人事KPI一覧
人事KPIは自社の人事戦略から逆算して決めていくべきものであり、他社の真似をするものではありませんが、人事KPIにはどのようなものがあるのか網羅的に知ることで、先のKPIツリーを作成する際も発想や施策の幅が広がります。そのため、ここからは内閣官房が公表している「人的資本可視化指針」や人的資本情報開示のガイドライン「ISO30414」の内容、また、各社が公開している指標を参考に人事KPIの一覧をご紹介します。
また、人的資本可視化指針では開示事項を2つの観点、1つ目は「企業価値向上につながるかどうか」という観点、2つ目は「投資家からのリスクアセスメントニーズに応えるためのリスクマネジメントの観点」で検討することを推奨しています【図3】。本記事では、人事KPIをこの2つの観点に整理してご紹介します。
【図3】人的資本情報開示 2つの観点
※出所:非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針(p28)」より弊社編集
●人材育成
人事業務の中でも人材育成や人材開発に携わる担当者は、人材育成計画の進捗や効果をKPIで測定していくことになります。それぞれの社員が置かれた状況で育成方針が変わるため、「一般社員」「管理職」 「幹部」「新入社員」「専門職」などの属性や、「リーダーシップ」など育成が必要なスキルにわけて人事KPIを考えると検討しやすくなります。
◇一般社員の育成に関するKPI◇
・人材開発、研修の総費用
・研修への参加率
・従業員ひとりあたりの研修受講時間
・カテゴリ別の研修受講率
・スキル保有人数、保有率、増加数、増加率
・従業員のコンピテンシー達成度
・パフォーマンスやキャリア開発について定期的なレビューを受けている従業員の割合
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◇幹部の育成に関するKPI◇
・幹部候補者の準備率
・幹部候補者の人事評価スコア
・幹部候補者の業務目標達成度
・幹部候補者に対する人材開発、研修の総費用
・幹部候補者の研修実施時間合計
・幹部候補者ひとりあたりの教育コスト
・幹部候補者の離職率
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◇リーダーシップの育成に関するKPI◇
・リーダーシップに対する信頼(部下からの評点)
・管理職の人事評価スコア
・業務目標の達成度
・部下の目標の達成度
・管理職ひとりあたりの部下数(スパン・オブ・コントロール)
・リーダーシップ研修の総費用
・リーダーシップ研修への参加率
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●エンゲージメント
従業員が最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることも、人事部門の大事な役割です。日本では「従業員エンゲージメント調査のスコア」をKPIに用いることが一般的ですが、海外では企業が従業員の幸福を目指すうえで、経済的な安定を支援する取り組み「ファイナンシャル・ウェルネス」も広がりつつあります。 エンゲージメントは、他社が一朝一夕では真似できない組織文化づくりを育てるうえで欠かせない指標であり、人事KPIとして取り入れたい視点です。
◇組織文化に関するKPI◇
・従業員エンゲージメントスコア
・従業員の定着率
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●流動性(採用・定着・サクセッション)
優秀な人材を採用することは企業にとって重要度の高い課題ですが、採用については「量」と「質」の2つの側面でKPIを検討するとわかりやすくなります。量については「目標採用人数」を達成できるようにKPIを設定します。例えば、下記のようなKPIが該当します。
◇新規採用数に関するKPI◇
・応募者数
・内定者辞退数
・リファラル採用の応募者数
・アルムナイ採用の応募者数
・アルバイト社員からの正社員登用応募数
・採用人数目標達成率
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また、人材不足が深刻になるにつれ「離職率」に着目する重要性が増しています。手を打てば防げた離職をなくすことで、結果的に新規採用数を減らすことができるからです。企業全体の離職率を人事KPIに設定しても改善が難しいケースが多いため、離職率は階層別・部門別など細かく分類して指標化することもあります。
◇離職に関するKPI◇
・離職人数、離職率
・勤続年数別の離職率(3カ月内、1年内、3年内、中堅、ベテラン)
・役職別の離職率
・雇用形態別の離職率
・部門別の離職率
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一方で質は、採用基準をクリアした人員が採用できているかを測るためのKPIです。また、採用業務の費用対効果を高めていくためのKPIも重要です。
◇採用の質に関するKPI◇
・書類選考通過数
・内定者割合(内定者数 ÷ 応募者数)
・配属後一定期間後の人事評価
・配属後一定期間後の満足度(本人、配属先部門長)
・平均在職期間
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◇費用対効果◇
・1人あたり採用コスト
・採用媒体あたりの費用対効果
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●ダイバーシティ
ダイバーシティは、性別・年齢・国籍・経歴など、さまざまな背景を持つ人々が共に活躍できる環境づくりを指します。多様な視点をぶつけあうことで、創造性やイノベーション溢れる組織文化をつくる重要性が投資家にも認識されており、注目度の高いKPIです。
◇ダイバーシティに関するKPI◇
・属性別の従業員比率(性別、年齢層別、新卒/中途別など)
・属性別の経営層比率
・女性管理職比率
・男女間の給与の差
・正社員、非正規社員等の福利厚生の差
・育児休業等の後の復職率・定着率
・男女別育児休業取得率
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●健康・安全
従業員の健康と安全を守るのことも人事部の大事な責務です。代表的なKPIは下記の通りです。
◇労務管理に関するKPI◇
・残業時間
・有休休暇消化率
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◇健康・安全に関するKPI◇
・労働災害の発生件数
・労働災害による損失時間
・健康、安全に関する研修の受講割合
・医療、ヘルスケアサービスの利用率
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●コンプライアンス・労働慣行
リスクマネジメントの観点では、次ようなKPIが監視対象です。これらの指標を定期的に確認して、問題が見られれば速やかに対策を取ることが求められます。
◇コンプライアンス・労働慣行に関するKPI◇
・苦情の種類と件数
・懲戒処分の種類と件数
・コンプライアンスや人権等の研修を受けた従業員の割合
・外部監査指摘の種類および件数
・深刻な人権問題の件数 |
●労働生産性
・従業員ひとりあたりEBIT、売上、利益
・人的資本RoI
・間接人件費率
・間接部門人員数、比率
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人事KPI策定で失敗しないための5つのポイント
人事KPIの策定で失敗しないためには、どのようなポイントを押さえておく必要があるのでしょうか?次に、人事KPIで失敗しないための5つのポイントをご紹介します。
失敗ケース1:KPIが多過ぎる
人事KPIを設定するメリットのひとつは、今何に注力すべきかメンバー全員の意識を集められる点にあります。ところが、追うべきKPIの数が多過ぎると、このメリットが薄れてしまい、メンバーの統率がとれません。メンバーが常に頭に入れておける数に人事KPIを絞る必要があります。
失敗ケース2:KPIを実現するための施策が明確になっていない
人事KPIは設定するだけでは価値がなく、メンバーがKPI達成に向けて行動を起こしてはじめて意味をなします。そのため、人事KPIを達成するために必要な行動(施策)をメンバー全員が理解している必要があります。人事KPIと施策をセットにしてメンバーにわかりやすく共有することが大切です。
失敗ケース3:責任者が任命されていない
人事KPIは自然と達成できるものではないため、進捗をモニタリングして、軌道修正しながらも達成に導く必要があります。これらを監督する責任者の任命が重要ですが、人事KPIは経営戦略と深く関連するため、CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)を任命し、戦略連携を含めた管理が推奨されています。
失敗ケース4:KPIの進捗を確認する会議体を定めていない
人事KPIの進捗を確認する会議体が決まっていないとタイムリーな問題発見ができず、KPIの達成率が下がるリスクがあります。定期的な会議体や報告ルールを設け、人事KPIがスムーズに運用される環境を整えることが大切です。
失敗ケース5:経営戦略と人事KPIが連動していない
人的資本経営を具体化するための報告書「人材版伊藤レポート」では、経営戦略と人材戦略の連動が必要不可欠であることが強調されています。当然のことですが、強調されているのは、それだけ難しいからです。先に紹介したKPIツリーを作成し、達成したいKGI(企業目標)を構成する要素の中に設定したKPIがあるかどうかを確認しましょう。
【参考】経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」
まとめ
人的資本経営の実現には、人事KPIの設定が重要となります。人事KPIを運用することで人材投資の効果を「見える化」でき、人事施策の効果を効率的に高めていけるからです。
さまざまなポイントをお伝えしてきましたが、これからますます人的資本経営が求められる昨今において、経営戦略と連動する形で人事戦略をとらえ、その延長線上で人事KPIを設定することが最大のポイントになります。本稿でお伝えしたKPIツリー、また、人事KPI参考一覧が、自社が向かいたい方向にあった人事KPIを見つけるヒントになれば幸いです。また、より幅広い指標を把握するために、人的資本の情報開示ガイドライン「ISO30414指標一覧」のホワイトペーパーをご用意しています。こちらからご参考ください。
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