組織エンゲージメントを高める効果とは?従業員の主体性を育てる意義を解説
人手不足や高い離職率に悩んでいる状況があれば、「組織エンゲージメント」がその解決策となるかもしれません。従業員の組織に対する信頼感や帰属意識をあらわす「組織エンゲージメント」を高めることは、人材の定着につながるからです。本コラムでは、サービス業で働く13万人を超えるスタッフに対して行った従業員エンゲージメント調査結果を考察し、組織エンゲージメントを高める視点や具体的な方法をご紹介しています。離職率改善や人材マネジメント施策についてヒントをお探しの方は、ぜひご一読ください。
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組織エンゲージメントとは?
組織の成果は働く従業員の熱意や姿勢に大きく左右されるため、以前から「従業員の理想の状態」や「会社と従業員の関係性のあり方」についての研究が進められてきました。
・従業員満足度(ES)
・従業員エンゲージメント
・ロイヤルティ
・オーナーシップ
・ワークエンゲージメント
このように多様なコンセプトで研究が進んでいますが、目指す姿やポイントとする点に若干の違いはあるものの、いずれも「組織に対するエンゲージメント」と「仕事に対するエンゲージメント」の両面、もしくはどちらか一方について語っています。
本コラムでは、このうち「組織エンゲージメント」について深く考えていきたいと思います。なぜなら、人手不足時代の現在、離職率改善に大きく影響する「組織エンゲージメント」について取り組むことが喫緊の課題だからです。
組織エンゲージメントと人手不足の関係
【図1】は、「組織エンゲージメント」のスコアと「人手不足感」の関係を分析したものです。従業員の「組織エンゲージメント」が高いチームほど「人手不足感」が低いことがわかります。
「組織エンゲージメント」が最も高いSランクのチームが人手不足を感じている比率は26.1%であるのに対し、スコアが最も低いDランクのチームの人手不足感は37.8%となっており、11.7ポイントもの差が生まれています。「組織エンゲージメント」が高いチームでは、人材定着率が高まり、結果的にチーム運営に必要な人員数を十分に確保できている様子がうかがえます。
【図1】「組織エンゲージメント」と「人手不足感」の関係
「仕事に対するエンゲージメント」と「組織に対するエンゲージメント」は相互に影響を及ぼしあうため、どちらか一方だけに取り組めばいいというものではないですが、離職率改善を目的にエンゲージメントに取り組む場合は「組織エンゲージメント」ははずせない視点と言えます。
組織エンゲージメントを高めるポイント【ES調査データ分析】
では、「組織エンゲージメント」を高めるには、どのような視点が大事なのでしょうか?小売業や飲食業といったサービス業の現場で働く138,101名に対して行った、従業員エンゲージメント調査結果の分析から得られたポイントをご紹介します。
【調査概要】
調査数:138,101名(店長2,864名、社員23,450名、パート・アルバイト111,787名)
調査期間:2022年4月~2023年3月 調査エリア:全国 調査手法:従業員エンゲージメント調査「tenpoketチームアンケート」 |
1.役職に関係なく「組織エンゲージメント」を高めるために重要な項目
弊社の従業員エンゲージメント調査「tenpoketチームアンケート」の標準設問は5因子36項目からなっていますが、うち「組織エンゲージメント」に関する項目について、スコアが低かったグループと中程度のグループとでは何が違うのかを分析した結果が【図2】です。太字項目は、店長・社員・アルバイト、すべての役職で共通していた上位項目です。
【図2】組織エンゲージメントに影響の大きな項目(太字:全役職に共通の上位項目)
すべての役職で、係数が最も大きかった項目は「心身の健康」です。活力を持って働くうえでの基盤であるのはもちろん、生活を豊かにするためにも欠かせないものです。ワークライフバランスが重視される現代において、従業員の「心身の健康」を大事にする組織であるかどうかは、組織エンゲージメントを高めるための基本条件と言えそうです。
また、「改善意識(会社や所属組織をもっと良くしたいと思う意識)」と「達成感」も、すべての役職で上位項目となっていました。エンゲージメント調査の結果を多様な視点で分析してきましたが、「改善意識」が組織エンゲージメントに及ぼす影響の大きさを何度も目にしています。従業員の改善意識や主体性を育む方法論については、次章以降で詳しくご紹介します。
2.アルバイトの「組織エンゲージメント」を高めるために重要な項目
アルバイトの場合は「人間関係」が上位にランクインしています【図3】。アルバイトのマネジメントにおいては「良好な人間関係が築けているか」に気を配ることが、他の役職以上に大切だと言えそうです。
【図3】で★マークがついている項目は、直属の上司に対する評価項目です。アルバイトの場合上位8項目中3つを占めており、 直属の上司である店長との関係性が組織エンゲージメントに及ぼす影響が、他の役職と比較して大きいことがわかります 。非正規社員であるアルバイトにとって、最も身近な組織は会社ではなく、自分が所属するチームです。その長たる店長への信頼感を高めることが、組織エンゲージメントを高めるポイントとなっています。
【図3】組織エンゲージメントに影響の大きな項目(★マーク:上司に対する評価項目)
3.店長、社員の「組織エンゲージメント」を高めるために重要な項目
店長や社員の場合は、「有意味感(自分の仕事は社会にとって価値があるものだと感じられるか)」と「仲間の成長意識」の項目が共通して上位にあがっています【図4】。
【図4】組織エンゲージメントに影響の大きな項目(太字:店長・社員に共通の上位項目)
正社員として、長期間にわたり勤め続けるつもりで入社している店長・社員の場合、
・自分達の会社が世の中に価値を提供できている実感
・同じ姿を目指し、切磋琢磨できる仲間の存在
といった点が、組織エンゲージメントを高める上で重要な項目となっていると言えます。自身のキャリアを伸ばせる会社かどうかももちろん大切にしていると思いますが、同等かそれ以上に、「社会に貢献できているか」を重視している点が印象的な結果となりました。
従業員の主体性を育てる意義
前述のように、改善意識の有無が組織エンゲージメントに大きな影響を及ぼします。次に、この改善意識につながる「従業員の主体性」を育てる意義やその方法について詳しく見ていきます。
主体性とは
主体性とは「自分自身の意志・判断で行動する姿勢」のことです。主体性の高い従業員は、自ら考え、決定し、行動します。
たとえば、
・上司からの指示を待つのではなく、自ら課題を見つけて解決策を提案する。
・自分の意見やアイデアを積極的に発言する。
・必要なスキルや知識を、自分から進んで学ぶ。
といった行動を取る従業員が「主体性の高い従業員」です。
従業員の主体性を育てる意義
では、従業員が主体性を発揮できるように職場環境を整えることには、どのような意義があるのでしょうか?端的に言うと、「企業と従業員の双方が幸せになる道だから」と言っていいと思います。
主体性を育む職場環境は、個人のパフォーマンスを高め、組織の目標達成に寄与します。また、定着率が向上するというメリットもあります。 これらは会社視点でのメリットです。一方で、従業員視点で考えても、指示中心でアイデアや創造性を発揮できない窮屈な職場よりも、創意工夫やチャレンジが尊重される職場の方が、自己決定感や影響感、達成感が高まり、やりがいを持って働けるメリットがあります。
企業は人で成り立っている以上、従業員の意欲や心の健康への配慮は欠かせません。一方で、それらの配慮を成果につなげることができなければ、企業の競争力は高まりません。従業員の主体性を尊重するあり方は、従業員の働きがいやウェルビーイングに寄与するとともに、企業成長にとっても鍵となる、双方にとってWin-Winを実現する経営のあり方と言えます。
従業員の主体性を育てる2つの視点
従業員の主体性を引き出し、活き活きとした現場をつくりあげるためには、計画的に職場環境を整える必要があります。人は環境に影響を受ける生き物であり、適切な環境が整っていなければ、従業員の主体性は育たないからです。 ここでは「エンパワーメント」についての研究を軸に、従業員の主体性を育む方法について考えます。
エンパワーメントとは?
エンパワーメント(empowerment)を直訳すると「力を与えること」という意味になります。エンパワーメントには2つの視点があります。「構造的エンパワーメント」と「心理的エンパワーメント」です。
構造的エンパワーメント
「構造的エンパワーメント」とは、意思決定の権限を下位階層のスタッフに委ね、彼らが組織の成果に大きく貢献できる能力を与えることを言います。
わかりやすい取り組み事例は、顧客満足度がとても高いホテルとして知られるザ・リッツ・カールトン・ホテルです。同ホテルでは、従業員に「上司の判断を仰がずに自分の判断で行動できる権限」や「1人あたり1日2,000ドルまでの決裁権」を与え、顧客のために最善の方法を自主的に考え、行動できる環境を整えています。従業員一人ひとりを最高のサービスを提供する人間として信頼し、個々の判断を尊重する環境を整えることで伝説のサービスを生み出しているのです。
心理的エンパワーメント
下位階層のスタッフに権限を委譲しても、彼らに熱意や自信がなければうまくいきません。エンパワーメントの別の側面に着目したのが「心理的エンパワーメント」です。従業員の下記4つの心理に着目することで、仕事に対する高い内発的モチベーションを生み出すことができると考えられています。
意味(meaning):個人が自分の仕事に価値を見いだす程度 能力(competence):個人が自分の仕事の役割を果たす能力があると感じる程度 自己決定(self-determination):個人が自分の仕事の役割の中で選択と裁量を持っていると感じる程度 影響(impact):個人が組織の成果に影響を与えることができると感じている程度 |
現場の裁量権を拡大したのにエンパワーメントされていないと感じる場合は、「心理的エンパワーメント」が不十分でないか確認する必要があります。
従業員の主体性を育てることに成功している企業事例
では、従業員の改善意識や主体性を育てるには、どのような取り組みが有効なのでしょうか?3つの企業の取り組み事例をご紹介します。
1.トヨタ自動車
従業員の改善姿勢を育む環境づくりに成功している企業として有名なのは、トヨタ自動車です。カイゼンの文化を持ち、従業員全員が業務プロセスの改善に積極的に参加し、製品品質の向上や生産効率の改善につながっています。
同社は、トヨタウエイ2020でも「ものをよく観る」「改善を続ける」を掲げるなど、カイゼンの社風を大事にする強い意志を発信し続けています。一方で「創意くふう提案制度」といった従業員の改善行動を促す仕組みづくりも取り入れ、社風づくりと仕組みづくりの両面からアプローチしている点が特徴です。
【創意くふう提案制度】
1.日々の業務において問題点や困りごとを見つけたらメモを取る
2.問題の原因を調査、改善のためのアイデアを考える
3.解決の糸口が見つからない場合は上司に相談
4.上司は相手にあわせてサポートやアドバイス
5.改善を実施、成果を定量的(ときに定性的)に確認
6.所定の提案用紙に記入して提出
7.上司が現地・現物で確認しながら審査、賞金額を決定
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※参考:仕事を楽しく、面白く! トヨタの創意くふう提案制度とは?
2.良品計画
良品計画は中長期経営計画で2030年に実現したいことのひとつに「コオウンド経営の実践」を掲げています。「コオウンド(co-owned)」と は、従業員が所有する会社という意味です。社員を株主とすることで、自分達の会社という意識を高め、社員のオーナーシップを育てることを目的とした取り組みです。
このため、良品計画は「株式給付信託(J-ESOP)」「信託型従業員持ち株インセンティブ・プラン(E-Ship)」や、高いレベルの挑戦に対して退職時に自社株に変換できるポイントを付与する「挑戦期待ポイント」制度など、従業員の主体性やチャレンジ精神を育む制度づくりにとりくんでいます。
※参考:中長期経営計画(2022年8月期~24年8月期)、MUJI REPORT2023(統合レポート)
3.子供むけ体験施設運営A社
子供たちのための職業・社会体験施設を運営するA社では、スタッフ主体で顧客満足度向上策を考えてもらう取り組みを進め、スタッフの自発性ややりがいを引き出すことに成功しています。
同社では、顧客満足度調査の結果から判明した課題について、本部が取りまとめて現場に指示するというトップダウンの進め方は取らないことに決めました。かわりに、スタッフ自身に顧客満足度調査の結果に向きあってもらい、改善策を考え、実行してもらうという、スタッフ主体の進め方を取ることにしました。その結果、「どうしたらお客様にもっと喜んでもらえるかを考える会議」が自発的に行われるようになったり、部署間を超えた情報交換が進むようになりました。
スタッフが毎日接するお客様の満足度向上に対する取り組みを軸に主体性を育む環境づくりを行ったことで、すべての従業員が参加できる仕組みになっている点が特徴的です。
※KCJ GROUP株式会社様(キッザニア運営)現場スタッフが輝けるマネジメント/覆面調査導入事例
4.まとめ
すべての企業に共通していることは、主体性やチャレンジ精神を大事にするという経営メッセージを強く打ち出すと共に、それらを実現できる仕組み(評価制度、報奨制度、提案制度など)の両輪で環境づくりを進めていることと言えます。社風や歴史が異なる会社でまったく同じ施策を取ることは現実的ではありませんが、今後の人材マネジメント施策のヒントにしてほしいと思います。
総括
「組織エンゲージメント」は、従業員の帰属意識を高め、人材定着率の向上に直結する重要な要素です。本記事では、「心身の健康」「改善意識の醸成」 といった役職に関係なく重要な項目があること、一方で、役職や雇用形態に応じた重点項目があり、それらを把握した上でエンゲージメント向上策を検討する重要性、また、「改善意識の醸成」に着目する重要性をお伝えしました。従業員の主体性や幸福を損なわずに、企業成果も高めていく方法論のひとつとして本記事が参考になっていれば幸いです。
企業や本部が実現したいことを現場に真に実行してもらうには様々なハードルがあります。下記、取り組み事例集では、多様な実践事例を取り上げています。ぜひご覧ください。