キーワードは“人間力”個々の主体性がブランド力につなげる
株式会社写真工芸社
『季刊MS&コンサルティング 2011年春号』掲載
取材:湯瀬 圭祐、文:高島 知子
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。
北海道・札幌を拠点とし、現在では関東圏にも写真スタジオのFC展開をしている写真工芸社グループ。同社は昨年、前年対比121%という業績を上げた。写真スタジオ業界においてオリジナリティを発揮し、着実に成長していくためには、「スタッフの“人間力”を育てることが不可欠」と中山寿一代表取締役社長。さらなるCS向上を目指す同社の考えをうかがった。
前年対比2割増の伸長には人材育成も奏功
従来の婚礼写真などを中心とした業態に、貸衣装を用意して撮る記念写真を加えたビジネスモデルがスタートしたのは、約21年前。その後、ネット環境の整備や雑誌などによって画像や映像が人々にとって身近なものになる中、各社はそれぞれ撮影技術の革新に注力してきた。その結果、写真業界では、記念写真撮影などの一般向けの商業写真と法人向けの広告写真との垣根が低くなり、今や撮影技術だけではなく、作家性が求められるようになってきている。写真工芸社 代表取締役社長の中山寿一氏は、「だから、もっと洗練されたハイセンスな写真サービスをお客様に提案しなければいけない」と話す。
未だ好況とは言いがたい経済環境下において、前年対比121%の伸長を獲得する企業はそう多くないだろう。この好業績について、写真スタジオ市場に吹いた淘汰の波が同社の集客を後押ししたとしながらも、中山氏は「疲弊した経済のなかで好成績を上げたスタッフたちを、二重丸に旗が立つくらい褒めてやりたい」と手応えを語る。
中山寿一代表取締役社長
「どの分野でもそうだと思うが、写真スタジオ業界においても二極化されてきている」と中山氏は分析する。顧客ニーズを捉えられなかった企業は淘汰され、その分、同社をはじめ顧客ニーズをしっかり捉えた企業に顧客が集まるという結果となった。昨年については、「それに加えて、業界全体に、お客様本意の考え方やサービスが少しずつ定着してきたという意味合いが強かったと捉えています。そういう流れに対応しきれない企業も出てきていると思います」。
写真工芸社が目指す“笑顔が笑顔を呼ぶ”というビジョンの中では、撮影技術や商品開発はもちろんだが、各スタッフの顧客対応が大きなウエイトを占めている。前年対比121%の伸長を獲得した背景には、「売上と人材育成のバランスが大切」だとする同社の方針があるのだ。
今年で創業43年を数える同社は、札幌を拠点に写真スタジオビジネスを切り拓いてきた、市場を牽引する存在でもある。
“成長したい”という意識を引き出す研修制度
経営が好調だからといって、当然、技術レベルの向上を怠ることは許されないと中山氏。「ですが、お客様が求めるサービスの水準がどんどん上がっている成熟社会においては、その声につぶさに耳を傾けることができる、スタッフ一人ひとりの“人間力”を育成することも欠かせないと考えています。今回は市場の状況が当社にとっては追い風に働いたところもありますが、もちろん業績が良いこと自体は大変喜ばしいことです。ですが、我々は急激な成長は望んでいません。根本的に、お客様と一緒に成長していきたいという考えを持っているので、5%程度の範囲内で着実に成長していくのが理想的だと思っています」。
そうした考えに基づく人材育成の一貫として、同社では昨年からミステリーショッピングリサーチ(以下MSR)とHERBプログラムを導入している。すでにMS&Consultingのプログラムを活用していた知人から紹介を受け、特に接客サービスの質が数値化されるところに注目したという。実際に運用をスタートしている現在は、点数だけで判断するのではなく、点数と接客内容に関する具体的なコメントの両方を指標として、各店のCS向上に役立てている。
「やはり、人間は人間に評価されること自体に抵抗があるものですが、顧客対応の結果が点数やコメントに表れたり、店を他人に紹介するかどうかといった端的な項目からも店の印象が把握できるのは、スタッフにとって大きな刺激になっています。スタッフの意識が、確実に顧客視点になりつつあると実感しています」。通常の店舗営業では聞くことができない顧客の声を知り、そこから得た気付きを次のサービスや技術向上、商品開発に反映させていくというMSRならではの好循環が生まれつつある。
一方、HERBプログラムでは、店長を対象としたリーダー研修と、スタッフ全員を対象とした研修の二種類を実施している。現場での接客経験を重視してきた同社にとって、ほぼ初めて本格的に取り組む研修制度となったが、スタッフには日ごろの接遇を改めて振り返る機会になっているという。
記念写真撮影の需要は、昔と変わらず存在している。しかし、それらのサービスを選別する生活者の目は年々厳しくなってきている。それに応えるためには、撮影技術の向上のみならず、適切な接遇サービスも不可欠だ。
企業の成長と人材育成は経営の二本柱
もちろん、スタッフによって意識の変化は人それぞれだ。しかし中山氏は、「人間には学びたいという本能がある。そうした一人ひとりの意識を呼び覚ます一つの手法として、研修がとても有効に働いている」と、個々のスタッフへの期待を語る。「手前味噌ですが、今回の研修を通して、当社のスタッフが『学ぼう』『もっと向上しよう』という純粋な気持ちを持っていることがよく分かりました。それがとても印象的でしたし、経営者としてうれしかったですね。皆の姿を見ていると、成長の伸びしろがまだまだあることを大いに感じます」。
企業が成長するうえで、その財産になるのは人だと中山氏。今回の大幅な成長率に甘んじることなく、着実に企業を育てていくために、「人を育てなければ企業は成長しない」とする同社の考えを今後も変わらず重視していく考えだ。
売上だけを追ってしまっては、ますます競争が激しくなる市場において差異化することは難しい。そうした予測を踏まえて、中山氏はこれからの人材育成について、次のように展望を語る。
「人と企業の双方を二本柱として育てていくことは、これからも欠かせない経営指針です。さらにいえば、我々は自分たちの人間形成をバランスの良いものにしていくために、“写真屋を営まさせていただいている”という意識を持つ必要すらあると思っています。写真屋を営むことを通して、社会人としてバランスの良い人を育み、そうして社会を豊かにしていくということが、企業体としての我々の存在意義だと捉えているのです。特に、社会や生活者意識の変化がさらに激化するであろう今後は、それらにつぶさに対応し、適したサービスを提供できるネットワークとフットワークの軽さを皆で目指していくことが不可欠です」。
写真撮影ではなく、思い出を形にするビジネス
従来、写真館や写真スタジオといえば写真撮影を請け負うところだったが、一般生活者のニーズの多様化や品質に対する期待値の高まりから、写真撮影という機能的役割に留まらず、現場対応の柔軟性やよりきめ細かなサービスが求められてきている。
そうした環境下、「想い出や感動をお客様に提供するという使命に基づくと、写真や映像だけをつくることが我々の最終目標ではない」と中山氏は話す。「たとえば、ゲームソフトの開発、お客様の視点に立ったオリジナル商品の開発、心地よい空間の提供によっても我々の使命は達成できるかもしれない。そういった総合的な視点をもつことが、今後生き残っていく上で必要だと思っています」。
同社では、昨年より“メモリアルバンク構想”との考えを掲げ、「さまざまな媒体を使って想い出を時間軸で構築する」ことを目指し、写真同様に映像などにも注力して事業を展開している。こうした視点が競合他社との差異化につながり、また潜在的な市場にリーチする要因にもなるだろう。
写真工芸社グループは、写真スタジオビジネスの企画立案全般を主に手がける写真工芸社を中心に、製造業務委託を担うハイフォート、貸衣装を備えた「スタジオ・アン」を運営するアクセスアイの2社をグループ会社として有している。分社化にはさまざまメリットの一方、当然ながら設備投資などの面で若干のデメリットもあるが、同社には徹底した効率化主義に疑問を呈する姿勢が根付いている。
「コストカットの発想は大事ですが、それに気を取られるあまり、やりがいや顧客満足を見失ってしまう危険性もあります。ある程度の余裕を持った中で、経営陣からパートさんまで含めて皆で切磋琢磨しながら前に進んでいくという姿が理想。一人ひとりの主体性がさらに現場で発揮されると、おのずと事業の成長にもつながると考えています」。
そのためにも、常に売上と人材育成とのバランスを保った経営に取り組むことが大切だと中山氏。こうした考えで同社が発展することで、市場の注目度もさらに高まっていくだろう。
豊富な貸衣装を備えた記念写真スタジオ「スタジオ・アン」は、現在FC展開も手がけている。関東圏にも多数出店しており、顧客へのさらなる具体的で積極的な提案が求められているところだ。
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