人的資本経営とウェルビーイング経営の関係を解説!
ウェルビーイング経営とは、従業員の「身体の健康」に加えて、「精神的な健康」や「社会的な健康」も大切にすることで、意欲やエンゲージメントを高めていく経営手法です。本記事では、人的資本経営との関係や取り組みのヒント、先行企業事例、また、店舗ビジネスでウェルビーイング経営を推進する時のポイントを解説しています。
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■ウェルビーイングとは?
ウェルビーイング(Well-being)という言葉は、世界保健機関(WHO)が掲げる憲章の中ではじめて使われました。憲章では「人が持つべき健康」について以下のように非常に幅広く定義されています。
健康とは、身体的にも、精神的にも、そして、社会的にも満たされた状態であり、単に病気でない、病弱でないということではない。
HEALTH IS A STATE OF COMPLETE PHYSICAL, MENTAL AND SOCIAL WELL-BEING AND NOT MERELY THE ABSENCE OF DISEASE OR INFIRMITY.
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※出所:外務省「世界保健機関憲章」より、翻訳は弊社。
すなわち、ウェルビーイングとは「身体的な健康」「精神的な健康」「社会的な健康」の3つが満たされた状態といえます。Well-beingは直訳すると、Well=良好な、being=状態ですが、「満たされた状態」と訳すのが一般的です。
今、このウェルビーイングに着目した経営への関心が高まっています。次に、「ウェルビーイング経営に関心が高まっている背景」や「ウェルビーイングと経営の関係」をみていきましょう。
■ウェルビーイング経営に関心が高まっている背景
●ウェルビーイング経営とは
ウェルビーイング経営とは、従業員の3つの健康(身体的・精神的・社会的な健康)が満たされるように、制度や企業風土を整えていく経営手法です。
●ウェルビーイング経営への関心の高まり
従業員の心身の健康が、企業の業績や成長に貢献することがわかってきており、「時間や場所を自由に選べる働き方」「健康プログラムの提供」 といった多様な手法で、ウェルビーイング経営に取り組む企業が増えています。
下のグラフは、ヘルスケア事業を提供するOPTUM(オプタム)が、米国を拠点とする544社に対して行った調査結果です。「3年以内に従業員の健康と幸福のための投資を増額する予定だ」と答えた企業が、2009年時点では34%だったのに比較して、2018年には81%と2倍以上に増加していることがわかります。
「従業員の健康や幸福のための投資を増額する予定(3年以内)」と答えた企業の割合
※出所:「TEN YEARS OF HEALTH AND WELL-BEING AT WORK(OPTUM)p18」より弊社作成
また、GoogleやAirbnb(エアビーアンドビー)など、 従業員の幸福を高めることで、企業の成長に寄与する責任を負う専門の役職( チーフ・ハピネス・オフィサー など)を任命する企業も出てきています。このような役職の存在を世に広めた1人である、元Googleのチャディー・メン・タンが開発したマインドフルネスをベースにした研修「サーチ・インサイド・ユアセルフ」について紹介した同名の書籍がベストセラーになったことはまだ記憶に新しいかもしれません。
●健康経営との違い
ウェルビーイング経営と似ている言葉に「健康経営」があります。
健康経営は、アメリカの心理学者ロバート・H・ローゼン氏が、その著書「ヘルシー・カンパニー」の中で、企業経営の中に従業員の健康管理(身体的な健康)を統合させることで生産性は向上すると提唱したことがきっかけに注目された概念です。日本においても、経済産業省が「健康経営銘柄」「健康経営優良法人」といった認定制度を設けるなど、健康経営への取り組みが進んでいます。
健康経営は、従業員の「身体的な健康(心身に疾病がないこと)」を土台に企業収益の向上を図ることを目指しています。一方で、ウェルビーイング経営は、より広範囲な健康、すなわち、従業員の3つの健康(身体的・精神的・社会的な健康)のすべてが満たされた状態を目指すものである点が違いです。
■人的資本経営とウェルビーイングの関係
VUCAの時代において、新しい経営手法が次々と模索されていますが、近年よく耳にするのは「人的資本経営」ではないでしょうか。次に、人的資本経営とウェルビーイングの関係をみていきましょう。
●人的資本経営とは
人的資本経営とは、教育や職場環境への投資など、人材に対する投資を積極的に行い、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値を高めていく経営手法です。産業構造が変化する中で、人的資本や知的財産などの「無形資産」が企業の競争力を左右するようになってきており、注目が集まっている経営手法です。
2023年3月期決算より、上場企業においては有価証券報告書の中で自社の人的資本に関する情報開示が義務化されるなど、経営におけるその重要性が増しています。
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●人的資本経営とウェルビーイングの関係
経済産業省が2022年にとりまとめた「人材版伊藤レポート2.0」は、人的資本経営に取り組むために必要な視点や要素を体系的に整理したものです。
同レポートの中では、人材戦略の中には、「人材育成施策」や「人材獲得施策」とあわせて、「個人・組織の活性化を促す推進施策」も同時に盛り込むべきであることが強調されています。人材は心を持った資本であり、その意欲や活力を最大限に引き出すことが企業の土台力となるからです。
具体的には、従業員エンゲージメントを高めるための取り組みを行い、その際に「健康経営への投資とWell-beingの視点」を持つことが大事である旨が記載されています。
社員エンゲージメントを高めるための取組(5) CEO・CHROは、社員の健康状況を把握し、継続的に改善する取組を、個人と組織のパフォーマンスの向上に向けた重要な投資と捉え、健康経営への投資に戦略的かつ計画的に取り組む。その際、社員のWell-beingを高めるという視点も取り込んでいく。 |
※出所:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書―人材版伊藤レポート2.0(2022年)」」
物質的な豊かさから精神的な豊かさが求められる現代において、組織のパフォーマンスを高めていくには、従業員の健康や幸福を大事にした経営手法への変革が欠かせなくなってきているといえます。
■ウェルビーイング経営の参考になる理論や考え方
では、どのようにしたら従業員のウェルビーイングを高めることができるのでしょうか?この章では学術的な分野からのヒントを、次の章ではウェルビーイング経営を実践している企業の取り組みから得られるヒントをご紹介します。
さて、人間の幸福やウェルビーイングについては様々な研究が進められていますが、その中から代表して3つご紹介します。
●PERMA(パーマ)モデル
PERMAモデルは、ポジティブ心理学の創始者であるペンシルベニア大学教授のマーティン・セリグマン氏の研究成果です。持続的な幸福を感じている人は次の5つの要素を満たしていると整理しています。
1.ポジティブな感情(Positive Emotion)
2.何かへの没頭(Engagement) 3.良好な人間関係(Relationship)
4.生きる意味(Meaning)
5.達成の感覚(Accomplishment) |
幸福感には、刹那的なものと、持続的なものがあります。例えば、昇給した時にしばらくは嬉しく感じるでしょう。しかし、いつの間にか当たり前になり、幸福感は薄れていきます。PERMAモデルは、そのような刹那的な幸福ではなく、持続的な幸福を構成する要素を整理している点が特徴です。
●幸せの4つの因子
「幸せの4つの因子」は、慶應義塾大学教授の前野隆司氏による研究です。1,500人の日本人に行ったアンケートデータの解析から、幸せをつかむための4つの因子を整理しています。日本人の分析結果という点が非常に参考になります。
1.自己実現と成長(やってみよう因子)
夢や目標を持ち、達成しようと行動する
2.つながりと感謝(ありがとう因子)
多様な人とつながる、感謝する
3.前向きと楽観(なんとかなる因子)
物事を前向きに、また、楽観的にとらえる
4.独立とマイペース(ありのままに因子)
他の人に左右されず、自分らしく、マイペースに生きる |
前野氏は、 その著書「ウェルビーイング(2022年・日経文庫 )」の中で、ありのままに因子について、 「セリグマン氏にお会いしたときに、このauthenticityも幸せ因子として効果的なのに、どうしてPERMAに入れないのかと聞きました。答えは、米国では自分らしさを持つことは当然のことだから入れなかったということでした。」と紹介しています。日本企業が従業員のウェルビーイングを考える時は、「自分らしくいられる職場環境」「強みを活かせる働き方」といった点も意識すべきと言えるかもしれません。
■ウェルビーイング経営を行う企業事例3選
ここまで、ウェルビーイングに取り組む際の学術的なヒントをお伝えしてきました。ここからは、ウェルビーイングの視点を経営に取り入れるにはどうしたらよいのかを考えるために、先行してウェルビーイング経営に取り組んでいる企業の事例を3つみていきましょう。
●積水ハウス(住宅メーカー)
積水ハウスは、多様な働き方の推進に力を入れており、「スライド勤務や在宅勤務の導入による子育てと仕事の両立支援」「男性従業員の育児休業1ヶ月以上の完全取得(現在の取得率は100%)」など、20を超える育児や病気、介護との両立をサポートする制度を設けています。
また、2020年には「幸せ度調査」を日本企業ではじめて実施、その後も毎年継続して調査を行い、調査結果をもとに幸せ度向上アクションを推進、そのスコア(Well-being Circle 総合値)は統合報告書で開示、戦略上重要なKPIであることを社内外に示しています。
積水ハウスの特徴的な点は、ウェルビーイング向上で生まれる、従業員の意欲や熱意を企業価値につなげる取り組みを平行して推進している点です。具体的には、理念や戦略を浸透できるリーダーの育成など「従業員のベクトルの一致」のための活動を行っています。
参考:積水ハウス株式会社「多様な働き方の推進」「Value Report 2023 (統合報告書)」より弊社作成
●ロート製薬(製薬会社)
ロート製薬は、事業の成長には社員がWell-beingであることが重要であるとの考えのもとに経営を行っています。具体的には、「マイビジョンシート」を毎年考えてもらい、一人ひとりが自律的に自分のキャリアを考えられるようにサポートしています。また、「社外チャレンジワーク(複業)」や「社内ダブルジョブ(兼務)」制度を導入するなど、社員の自律的なキャリアを応援する人事制度の整備も進めています。
社員一人ひとりに自分のウェルビーイングを評価してもらう「Well-beingポイント」も半期に1回実施、自分で自分のモチベーションの変化を把握してもらうとともに、経営陣がWell-being向上の施策を考えるためのデータともしています。会社が何かを与えるための制度ではなく、従業員がウェルビーイングな状態を自分自身で作り出せるような環境整備に力を注いでいる点が特徴です。
従業員自身の自律を大切にした制度設計
参考:「ROHTO Well-being Report 2023(ロート製薬 統合レポート)」より弊社作成
●ユニリーバ(消費財メーカー)
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングスは、働く場所や時間の制限をなくす「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」、ワーケーションを推進する「地域 de WAA」といった人事施策に取り組み、従業員が自分らしく心豊かに働ける雇用のあり方を追求しています。また、2020年には副業やインターンシップで同社に参加できる「WAAP(Work from Anywhere & Anytime with Parallel careers)」をスタート、従業員のウェルビーイングのための施策を採用施策にもつなげています。
■店舗スタッフのウェルビーイングについて考える
●店舗ビジネスの現場でウェルビーイングに取り組む時のポイント
ウェルビーイング経営に取り組む先行企業の事例を見ると、「柔軟な働き方が選べる制度の構築(在宅勤務、スライド勤務など)」「キャリアの自律のサポート(キャリア面談の実施、教育機会の充実など)」「身体的な健康のサポート」といった取り組みが中心となっています。しかし、店舗ビジネスの現場でウェルビーイングに取り組む時は「顧客満足の実感」の視点も大事にしてほしいと思います。
下の表は、店舗で働くスタッフ(店長・社員・パートアルバイト)15万5,546名に対して行った従業員エンゲージメント調査結果を用い、ウェルビーイングにつながるワークエンゲージメントが高いグループと中程度のグループでは何が違うのかを分析した結果です。表は、ワークエンゲージメント向上につながる可能性の高い順に項目を並べてあります。
表:「ワークンゲージメント」に影響の大きい項目
表の太字項目は、アルバイト・社員・店長、すべての職種に共通していた上位項目です。ウェルビーイングにつながるワークエンゲージメントが高いスタッフは、お客様からの笑顔や感謝の言葉といったポジティブなフィードバックから顧客満足を実感し、有意味感や達成感を得ることで、仕事に対する改善意識が高まり、仕事への活力や没頭感が高まっていく。結果、お客様の喜びを実感する機会が増え、顧客満足の実感がさらに高まる、このような好循環の中にいる様子がうかがえます。
「顧客満足の実感」が従業員のウェルビーイングを高める。この点は、お客様とスタッフが対面で接する機会の多い店舗ビジネスならではのポイントと言えます。
【分析結果詳細はこちらからご覧になれます】店舗ビジネスの従業員エンゲージメントを高めるポイントは?
●顧客満足の実感を高めるための具体策
では、具体的には何に取り組めばよいのか、店舗ビジネスの現場で「顧客満足の実感」を高める具体策を下記に紹介します。
<「お褒めの言葉」と「クレーム」は2対1の割合で>
お客様からのクレームを店舗スタッフにも共有している企業は多いと思います。しかし、目にするお客様の声が「クレーム中心」になってしまうと、仕事への自信や有意味感が薄れていきます。自分達の仕事はお客様に必要とされている、そう強く実感できる「お褒めの言葉」をふんだんに店舗に伝えることは顧客満足の実感を高めるために有効な策です。
<現場主体のCS改善活動 >
店内アンケートや覆面調査を使った、店舗スタッフ主体のCS改善活動を推進することも有効です。お客様により喜んでいただくための作戦を自分達で考え、取り組み、結果、顧客満足を実感できる瞬間が増え、働きがいが高まる。「現場主体のCS改善活動」は、そのような好循環を生み出します。
【実際の企業事例はこちら】現場スタッフが輝けるマネジメント
<自社のビジネスの意義を本部から定期発信する>
私たちの仕事は何のためにあるのか?その意義を本部から定期的に情報発信することも大事です。地道な積み重ねになりますが、漢方のようにじわじわ効く、優良策と言えます。
繰り返しになりますが、店舗ビジネスの現場でのウェルビーイング向上を考える際は、「顧客満足の実感」が重要な要素になる点は必ず押さえてほしいポイントです。
■まとめ:ウェルビーイング経営を成功させるために
ここまでウェルビーイング(Well-being)という、企業と個人の両者にとって意義のある価値観を実現するためのヒントや分析データをご紹介してきました。とはいえ、最初の一歩は何から取り組めばよいのでしょうか。店舗ビジネスの課題に特化した当社のサービスと併せて、ご紹介いたします。
1.スタッフの「顧客満足の実感」を高める
先述したように、ウェルビーイングに取り組む時に「顧客満足の実感」は重視したいテーマです。店舗や店舗スタッフに対する、お客様のお褒めの言葉を中心に改善点もフィードバックする覆面調査「ミステリーショッピングリサーチ」は、従来の改善点や指摘点が中心の覆面調査とはコンセプトが異なるサービスです。店舗スタッフのウェルビーイング向上につながるお客様の声の活用について、お気軽にお問い合わせください。
2.組織診断を用いた「自社理解」
今自社に必要なのは「働き方改革」なのか「組織内コミュニケーションのフラット化」なのか・・・企業として優先すべきテーマを明確にしなければ手探りの取り組みになってしまいます。そこでおすすめなのが、従業員一人ひとりの価値観や状態を組織診断で把握し、自社の風土や価値観にあった優先テーマを見つけることです。弊社では店舗ビジネスに特化した従業員エンゲージメント調査「tenpoketチームアンケート」を提供しています。他社比較を通した自社の特性の把握、パート・アルバイトスタッフを含めた状態の把握をご希望の方はお気軽にお問合せ下さい。
3.ウェルビーイングな「管理職を育てる」
幸福は伝染することがわかっています。また、どれだけ良い制度を作りあげても、運用がうまくいかなければ機能しません。その観点では、直属の上司の影響力は大きなものになります。弊社では、パート・アルバイトスタッフ比率の高い店舗ビジネス業向け管理職向けの研修もご提供しています。
また従業員エンゲージメント向上に関するコンサルティングも実施しておりますので、ウェルビーイングに関するお悩みも含めて、お困りのことがございましたら、お気軽にお問い合わせください。本記事が何がしかのヒントにつながっていましたら幸いです。