ぶれのないブランド構築指針で、顧客との関係を強固に
株式会社スターフライヤー
福岡県北九州市小倉南区空港北町6番 北九州空港スターフライヤー本社ビル
会社ウェブサイト:http://www.starflyer.jp/
『季刊MS&コンサルティング 2012年夏号』掲載
取材:立山 浩志、文:高島知子
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。
2012年4月19日(木)、第4回SPC経営研究会が開催された。今回は、福岡県北九州市を拠点に国内主要都市間をつないでいる航空会社、スターフライヤーのCS推進室から室長の川路利嘉氏と営業部を兼任する松山卓司氏にお越しいただき、新規参入から現在のブランドを築いたその戦略と、CSに対する考え方をお話しいただいた。
ビジネス層が満足すれば、一般層にもリーチする
航空業界では珍しいブラックの機体が印象的なスターフライヤー。現在、北九州と福岡、羽田、そして関西をつなぐ国内路線を運航しており、この7月には同社初の国際線として北九州~釜山間が就航するなど、着実に事業を拡大している。
最近では安さを全面に押し出した、ローコストキャリア(LCC)と呼ばれる航空会社の日本への参入が相次いでいるが、スターフライヤーが業界に新規参入し運航を開始した2006年(※創業は2002年)当時の国内線は、大手航空会社と数社の新興航空会社のみが運航していた。その中で、同社は「感動のあるエアライン」を目指し、顧客へのホスピタリティをベースに「もっと便利に/もっと快適に/もっとやさしく/もっと挑戦」の4点を事業の理念に据えて立ち上げられた。
美しいブラックの機体。これまで業界に黒い機体がないために、熱を集めてしまうなどの支障がないか検証したが問題はなく、今では同社のイメージ構築を大きく牽引している。
このとき、同社は他社と比較したポジショニングを次のように明確化している。まず、サービスの質とともに価格も高い大手と、サービスより安価であることを重視した新興系の間を狙うこと。また、差別化ポイントをはっきりと打ち立てて集中することで、ニッチな市場を開拓すること。名付けて「ニッチャー戦略」だ。
CS推進室長の川路氏は、企業活動における要件として事業の基本要素と差別化要素の二つを提示する。「安全運航や基本サービスなど、航空事業の基本要素を押さえた上で、当社の差別化要素として『先進性』『洗練』『革新』『センス(デザイン性)』を掲げました。どちらの要素も欠かすことはできませんが、基本要素は当たり前のことなので、航空会社を選ぶ選択基準にはなりません。初回利用とその後のリピートを促すために、差別化要素に基づくサービスに集中しました」と話す。
ブランディングとは、企業を好きになってもらう活動
就航時から現在に至るまで、機能面での特徴として同社が一貫して誇っているのは、シートの広さだ。一般的な機体よりも席数を1割ほど減らし、全席を革張りシートにして、エコノミークラスでもゆったりとくつろげる空間を提供している。早朝から22時台まで運航している利便性や黒く美しい機体なども含めて、同社ではこれらを「機能的ベネフィット」と位置づけている。また、これらを体験することで生まれる「快適だ」「便利だ」「洗練されている」などの感情が、「情緒的ベネフィット」であり、それらが総合的に影響して、企業への好感につながる。「企業価値を機軸とした『企業を好きになってもらう活動』がブランディングだと考えている」と川路氏。
単なるスペックで選ばれることを目標にはしていないので、機能的ベネフィットに分類される細かい工夫の一つひとつにもブランドイメージが透徹されている。例えば、コーポレートカラーの黒に準じてスタッフの制服も黒を基調にしているが、グランドスタッフよりも客室乗務員の方が顧客との心理的距離感が近づいているというその濃度を表して、グランドスタッフはグレー、客室乗務員は黒の制服に。また、高価格帯コーヒーショップとして全国に浸透しているタリーズコーヒーのオリジナルブレンドを機内サービスに導入しているのも、利用者へのおもてなしとして好感を持って受け入れられている。
一方、情緒的ベネフィットを築くのに重視しているのは、前述の「快適だ」などの感情を「先進性」のイメージに集約することだ。こうして一つのキーワードを掲げることで、スタッフの意識のぶれも防ぐことができる。
機内サービス:すべてのお客様へ最上級のホスピタリティを
お客様においしいコーヒーでお寛ぎいただきたいと協力を仰いだのは、世界各国より厳選したアラビカ種豆のみを使ったコーヒーを提供するシアトル発のコーヒーショップ「タリーズ」。
液晶モニターはリクライニングに合わせて角度調節もでき、音楽8チャンネル、動画12チャンネルの中からお客様それぞれにお好みのエンターテイメントを楽しんでいただく。
飲み終えた空カップを置けるドリンクホルダーをテーブルの上に設置し、可動式でホールド感のあるヘッドレストや、体にフィットして動く座席のリクライニングも、体を休めたい時に便利。
CS向上活動の判断軸は、理念と行動指針
「情緒的ベネフィットは、人的コミュニケーションと施策コミュニケーションの二軸で生み出されると考えている」と川路氏は話す。前者はコールセンターや空港、機内でのスタッフの対応を指し、実務研修はもちろん、ブランドについて理解を深めるワークショップの開催なども行っている。
後者は広告宣伝やPRなどの活動だ。その指針になっているのは、同社のターゲット像。北九州・福岡エリアを拠点あるいは重点地域とするビジネス利用客をターゲットに、航空券代は抑えたいがサービスのレベルが低いのには妥協できないという気持ちを満たすことを狙っている。商談などを控えて比較的緊張感を持って搭乗するビジネス利用客が満足するレベルならば、旅行などのプライベート利用者も満足するはずだ、という考えである。
定期的に実施しているアンケート調査では、「大手とは違うポイントで好感をいただいている」と手応えを感じているという。一方で、マイナスの意見は真摯に受け止めて改善を目指している。
このようなブランド構築の考え方に基づいて活動しているのが、CS推進室だ。同室の松山氏は、「個人の判断でCS向上活動はできません。その目標は、企業理念と行動指針の具現化だと定めて、それを拠り所に日々取り組んでいます」と話す。同社の「個性と創造性、ホスピタリティを通して感動のあるエアラインであり続ける」旨の理念、そして「お客様の視点から発想、創造し、行動する」という行動指針に合致しているかどうかをCS向上活動の判断基準としているのだ。
マニュアルに縛られない、柔軟な対応を推奨
それさえ合致していれば、同社ではむしろ前例や枠組みに囚われない柔軟な行動を推奨している。「行動指針は言い換えれば、マニュアルに縛られずに、お客様の要望に対して“YES”と言える方法を考えることです。例えば、お客様自身のミスで逆の区間を予約したことが搭乗直前に発覚した場合、マニュアルでは正規の変更手数料と当日適用の運賃をいただくことになっています。でも、それでは多少の手数料と引き換えにお客様の気分を害し、生涯価値を失い、不満も拡散されます。これは当社のブランドにとって決してプラスとは言えないので、このような場合は費用負担なく変更を承ります」(松山氏)。
このようなマニュアルを超えた対応や、顧客の期待を上回る対応に、顧客から感謝の声が多く届いている。「CSの仕事をされている方は実感しているでしょうが、期待通りの対応では感動は生まれません」と松山氏。
当然、このようなイレギュラーな対応は現場で迅速に判断しなければ意味がない。そのために同社では、理念と行動指針を拠り所に、現場での裁量を与えている。
社内では、「個別対応をしているとどんどん顧客の要求が高まり、収拾がつかなくなるのでは。顧客が喜ぶことをすべて行うのが正しいのか」といった懸念の声が聞かれることもあるそうだが、川路氏は「顧客に振り回されていいとは考えていません。CS向上活動は、あくまでブランディングと連動する形で行うべきです」と話す。
恒常的なCS向上にはミステリーショッパーを導入しているほか、顧客から寄せられたクレームのデータベース共有や社内冊子「CS通信」などにより、全社員の意識の向上を図っている。継続率や苦情発生率などの数値分析、ポジショニングの見直しなどと併せて、今同社が目指しているのは「CSからCD(カスタマー・ディライト)」だと松山氏。“ニーズを満たす”から、“喜ばせる”ことを目標に、さらに顧客との関係を深めていく意向だ。