「働きがい」が競争優位を生み出す理由


Great Place to Work® Institute Japan

東京都中央区銀座7-2-6 リクルートアネックスビル
会社ウェブサイト:http://hatarakigai.info/

Great Place to Work® Institute Japan 代表 和田彰

日系大手メーカー人事部門、米系コンサルティングファーム、日系コンサルティングファームにて、一貫して従業員の視点を重視した人事企画およびコンサルテーションを推進。韓国において、人事コンサルティング事業および企業内研修事業の立ち上げを行った後、Great Place to Work® Institute Japanに参画。ツイッターID @GPTW_Japan。近著に「日本でいちばん働きがいのある会社」(中経出版)


『季刊MS&コンサルティング 2010年秋号』掲載
取材・文:西山 博貢
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。

世界を代表する働きがいの研究機関であるGreat Place to Work® Instituteの研究によると、働きがいのある組織では、人は協力しながら働き、積極的に交流し合い、進んで決断し、リスクを取ることができるという。日本における働きがいのある会社の普及と実現のための支援活動をし、より良い社会の実現に貢献することを使命としているGreat Place to Work® Institute Japan代表の和田彰氏に、働きがいの重要性と働きがい向上のポイントを伺った。

働きがいと経済的価値の関係

まず、働きがいと経済的価値の関係性についてお話ししたいと思います。両社の因果関係を統計的に裏付けることは難しいですが、相関関係があることは明らかになっています。

アメリカでは、一般的にはフォーチュンを始めとして、どの企業がいくつのランキング(リスト)に掲載されているかということがよく話題に上ります。「世界で最も尊敬される企業」「MBAから見た就職人気企業」など、売上高や利益ではなく、働きがいや従業員満足、CSなどの数字に表れにくい面、人に関わる面が企業価値の指標として重要視されるようになってきているのです。実際に、アメリカではそれら人の面の指標と株価との間に関係があることが分かってきています【図1】。

ラッセルインベストメントグループの試算[1998-2008]

©Great Place to Work® Institute Japan


また、離職率を見ても、これら「働きがいのある会社」と一般的な会社を比較すると、約半分~3分の1程度の差があります。

同様の研究は日本でも行われています。Great Place to Work® Institute Japanが公表した日本における2010年「働きがいのある会社」ベスト25社のうち、株式上場している11社(【図2】において網掛けしている企業)の株価データを株式会社リクルートマネジメントソリューションズが分析・公表しましたが、この結果を見ると、「働きがいのある会社」の株価パフォーマンスはいずれも市場平均を上回っていることが分かります【図3】。


株式市場全体(市場平均)の動きを表すTOPIX(東証株価指数)と「働きがいのある会社」11社の株価の動きを比較すると、TOPIXは2007年3月から低下局面に入っており、2007年3月末時点で1,713.6であったのが、2010年4月末時点では987.0となっています。企業の株価と比較するために、2007年3月末時点を1とすると、2010年4月末時点では0.576となります(1,713.6:987.0=1.0:0.576)。
図3の表は、TOPIXと同様に、2007年3月末の株価を1としたときに、この期間の「働きがいのある会社」の株価が2010年4月末時点でいくらになっていたのかを計算した結果です。これらの結果は、株式市場全体が下降する中で、11社すべての企業において株価下落の度合いは市場平均より小さく、また、株価が上昇していた企業もあることを示しています。

他にも、『日本の持続的成長企業 「優良+長寿」の企業研究』(リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所著、東洋経済新報社、2010年)で詳しく述べられているように、日本でも永続的成長企業と言われる企業の多くは人の採用や働きがいの向上に力を入れています。


会社から見た働きがいと従業員から見た働きがい

我々が長年に亘り研究した結果、働きがいを構成する要素として大切なのは、「従業員から見た働きがい」であることが分かりました。給料や評価制度、社宅や家賃補助の有無、休みの取りやすさなどの福利厚生は外部から見ても分かりやすく、モチベーションのひとつの大切な要素ではありますが、従業員から見てどう見えるかではなく、会社が定義して従業員に与えるものです。また、人気が高い会社、有名な会社という「外見」だけでなく、「内面」「自己認識」「従業員からの評価」が大事になります。会社として従業員をどれほど尊重しているか、ということが働きがいに大きな影響を及ぼすのです。

とはいえ、働きがいを決定する要素は多岐にわたり、会社によって様々な解釈や考え方があります。それを客観性と信頼性の高い世界共通の指標で測ることによって、多様な視点で会社を比較し、働きがいを向上させていく仕組みをつくっていくことが必要だと考えています。


働きがいのある会社とは

働きがいのある職場では、あらゆる人間関係において信頼が育まれています。最も重要なのは経営者・管理者と従業員の間の信頼関係であり、「従業員が勤務する会社や経営者・管理者を信頼し、自分の仕事に誇りを持ち、一緒に働いている人たちと連帯感が持てる場所」というのを私たちは働きがいのある職場の定義と考えています【図4】【図5】【図6】。



「信頼」は、組織としてのパフォーマンスを高める上で不可欠であり、「経営者と従業員との間に信用が築かれている組織」「従業員に敬意を示している組織」「公正な組織」の3つの要素から成り立っている。

Great Place to Work®のサーベイでは、従業員に対して下記のような58問のアンケートを行うことで、前に挙げた「5つのディメンション(要素)」を測ります。


働きがいのある会社の実現には、経営者と従業員が想いを共有し、それぞれの役割を果たしながら取り組むことが大切です。従業員同士が信頼し合い、尊敬し合う環境を提供していくことで、一緒に働いている仲間同士が連帯感を持つことができ、チームワークが生まれるのです。それを実現できるような社風があるかどうか。職場の雰囲気や上司の対応、会社の施策などそれぞれのバランスが社風を育みます。


ベストカンパニー25社の共通要素

日本における2010年「働きがいのある会社」ベスト25の特徴をあえて3つに絞ると、以下の点が挙げられると思います。

1.経営トップの関与

働きがいを高めることが人事部のミッションになり、人事部だけが旗を振っているケースはよくあります。しかし、少なくとも今回の25社については、社員総会で宣言する、従業員にかかる経費については守るなど、経営者が働きがいの向上に何らかの形でコミットしていることが特徴です。

2.コミュニケーション

働きがいの向上に最も大切なのは、コミュニケーションです。特に、経営者や人事と従業員の方とのコミュニケーションが取れていることが鍵になります。

景気の影響もあり、人員削減や合併統合など会社側の都合で人事を行わなくてはならないこともあります。そのような場合にも、適切なコミュニケーションによって働きがいを高めることは可能です。2009年春、モルガン・スタンレー証券は当時、世界的な景気悪化と内部的な経営環境の変化の真っただ中であったにも関わらず、当時行ったサーベイで2位を獲得しました。そのポイントは、情報開示にありました。できるだけ社長自ら、なるべく個別に、社員に伝えていったのです。

また、不況の中では業績と直接的な関連性がない研修や福利厚生は、辞める決断をする企業もあります。しかし、それを単に全社メールで告知するのではなく、社員一人ひとりに響くような形で伝えたり、コストのかからない社内運動会のように形を変えて継続したりすることもできます。社員同士がコミュニケーションをするのには、必ずしもお金が掛かるわけではありません。コミュニケーションの仕方を工夫することが大切なのです。

3.人間味

Great Place to Work®には企業文化を測るための5つの観点を設けていますが【図7】、中でも、人間味において高い評価を得た企業が多くランクインしています。経営者が社員と個別に対話をしており、かつ個々人の違いに配慮していることが特徴です。


Great Place to Work©のサーベイでは、「働きがいのある会社」を実現するための9つの領域(1.採用する、歓迎する、2.触発する、3.語りかける、4.傾聴する、5.感謝する、6.育てる、7.思いやる、8.祝う、9.分かち合う)を設定し、それぞれについて上記5つの観点から会社(経営者)の評価を行います。

こうした意味で、25社に共通する要素は、経営者と組織との統合が良いということであると言えると思います。社員が働きやすい環境をつくることが経営者の一番重要な仕事であると経営者自身が考えており、社員がその考え方と施策に対して賛同していることが評価されています。言い換えれば、想いが実現につながっているとも言えるかもしれません。


これからの時代は「人」がつくるノウハウが競争優位

企業には、人・モノ・金・情報という経営資源がありますが、あらゆる物のコモディティ化が進む現代、モノ・金・情報それ自体の競争優位性はなくなりつつあります。そこに、どうノウハウを込められるかが差別化要因となり、それをつくるのは「人」です。

これからは、会社の中での連帯感、結束といった目に見えない人的資本が競争優位になってくるでしょう。事業戦略やビジネスの仕組みづくりなどに向けた投資は一般的ですが、競争優位性を高めるための働きがいにも目を向けることが必要になります。

とはいえ、「人」という経営資源を活かそうとする時、「働きがい」は唯一の視点ではありません。「働きがい」は企業経営にとって大事なのではないか、という議論が生まれ、世の中の関心が高まっていくことが、企業にとっても働く人たちにとってもより良い環境を生み出していくのだと思います。


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