ホスピタリティによる顧客ロイヤリティ向上と組織運営
服部 勝人/Hattori Katsuhito
業界視察及び研修ツアー・コーディネーター・通訳として800回余に及ぶ海外業務を経験。1974年以降、経営コンサルタント(ブレイン・トラスター)としてトップ・マネジメントの企業戦略を指導。1990年より「ホスピタリティ」の研究者として数々の学術論文を発表。講演および研修は、経営全般・医療・福祉・教育・行政・観光・ホテル・ブライダル・テーマパーク・まちづくり等幅広い分野でホスピタリティ・マネジメントの重要性を説いている。主な著書に『ホスピタリティ・マネジメント学原論』『ホスピタリティ学のすすめ』がある。
『季刊MS&コンサルティング 2010年冬号』掲載
取材・文:西山 博貢
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。
ホスピタリティのあふれる組織では付加価値の追求が恒常的に行われ、顧客ロイヤリティや従業員感動満足を増大させる。ホスピタリティ理論の第一人者である日本ホスピタリティ・マネジメント学会名誉会長の服部勝人氏に、ホスピタリティが顧客ロイヤリティに及ぼす影響とホスピタリティを組織に根付かせるためのポイントを伺った。
サービスの追求とロイヤリティの関係
経済的な位置付けからすると、サービスは等価価値(費用対効果)と表現できるでしょう。サービスとは、有形・無形の機能や機能の過程を第三者に提供することを示すものです。あらゆる産業は、「機能および機能の過程というサービスを提供する」と表現することができると思います。
サービスの経済化(有料化)には、提供されたサービスに対して支払った対価を基準とした明確性が求められています。それに対して「良い」か「悪い」かのどちらかが判断されます。従って、顧客のニーズに確実に応えうる徹底さが求められることから、システムの構築が鍵となるのです。
サービスを経営管理の視点から追求すると、まずより速い処理能力のあるサービスが求められます(※サービスの追求要素)。 またそれに対して、サービスの標準化とサービスを有形化するためのマニュアル化が行われます。効率性と人手不足への対応として、接客業務以外の省略化を推し進める機械化・自動化が促進され、コンピューターの自動制御などから全体のシステム化が進むことになります。
サービスを機能とみなすと人的機能を排他するということになり、極端な表現をすると、最高のサービスは、自動販売機やATMなどを始めとする自動装置となってしまう要素もあります。このようなことから、サービスは効率化経営が基本となるのです。
サービスの追求要素
1.サービスをすみやかに行う「迅速性」
2.サービスという仕事の出来高と労力の比率を求める「効率性」
3.無駄を省き能率的に目標が達成されるようにする「合理性」
4.サービスそのもの自体の仕事としての働きを求める「機能性」
5.確かで間違いなくサービスを行う「確実性」
6.サービスの内容と料金が明らかで確実である「明確性」
7.サービスがあくまで客の個人特有のものに向けられている「個人性」
8.客にとって便利で都合のよい「利便性」
9.状況に応じて素早く行動できる「機動性」
10.サービスの機能的価値を判断し、それに見合った等しい価値(等価価値)として金額に表わす「価格性」
出典:服部勝人(2006)『ホスピタリティ・マネジメント学原論』丸善,p106
©Katsuhito Hattori 2009
付加価値の追求がロイヤリティを向上させる
一方、ホスピタリティは付加価値が追求されます(※ホスピタリティの追求要素)。成熟社会では、等価価値以上のものを求める傾向がありますが、精神的価値や文化的価値を重視することへの対応として、ホスピタリティは高質感や高級感を与えるものとなってきています。提供者と顧客の双方に感喜や感動をもたらし、それが付加価値交換として捉えられます。顧客は期待通りまたはそれ以上の結果や意外性に満足し、再びそれを求めるようになるのです。期待感が反復効果を生み、ロイヤリティの向上につながります。これはサービス業以外の産業においても、リピーターとして認識できるものです。
ホスピタリティの追求要素
1.互いに影響し合う「相互性」
2.実際の目的に役立ち効力のあるようにする「有効性」
3.精神上のことを重んじる「精神性」
4.期待されることが実現される条件が、それを妨げる条件よりも優位であると確認されているような「可能性」
5.ホスピタリティの場で、絶えず予知できない意外な新しいものを生み飛躍していく「創造性」
6.私的な形態でなく社会的・共同的な形態を重んずる「社会性」
7.文化の向上や発展をさせ文化価値の実現を図る「文化性」
8.人間のこころを楽しませ、なぐさめ楽しむ「娯楽性」
9.ホスピタリティの共創の場で一定の材料・条件・技巧・様式などの美的創作・表現する「芸術性」
10.動物的・機械的などに対して人の行為・感情の人間らしい思いやりのある「人間性」
出典:服部勝人(2006)『ホスピタリティ・マネジメント学原論』丸善,p106
©Katsuhito Hattori 2009
ホスタリティおよびサービスの概念を体系的にまとめたものが、「ホスピタリティとサービスの概念比較」の図です(図3)。
付加価値追求の場づくり
ここで注意しなければならないのは、一度体験した感喜や感動は、二度三度繰り返すと当たり前のものとなってしまい、等価価値の交換であるサービスの一部として繰り込まれてしまうということです。そのため、ホスピタリティを具現化するには、顧客と提供者との間で常に感喜や感動の創出を共に行ってゆくことが必要になります。
新しいものを創造するには、競争と共創が行われる場とでも言うのでしょうか。切磋琢磨する場が必要なのです。そして、目的や目標に向かう意志を統一する上で、「共通の目的や意識を持った共創の場に参加することによって、より高い次元に進む時に新たなものを創出する」といった同調昇華(服部勝人氏造語)を起こすことができるか否かなのです。
そして、「共通の意識を持ち、互いの創造性を融合させることで相乗効果を発揮し、新たな価値創造と共有意識の創出をすること」という共創が実現すれば、独自性と唯一性のあるものができます。
3人よれば文殊の知恵というように、違う考えの人同士が、目的や目標に向かって激論を交わすことは重要なことなのです。日本人はとかく自分の考えを述べることが苦手ではありますが、一人で考えているときよりも、〝ああでもない〟〝こうでもない〟などと、ちょっとした会話から大きなヒントが出ることは珍しいことではありません。参画することから意識の共有が可能となるのです。単なる参加ではなく参画なのです。
開発や研究の費用を捻出できるのはごく少数の組織ですが、人間の知恵を活用することは小さな組織でも可能であり、すぐに実践できることでもあります。自由に闊達に意見を述べる場ができることで、職場の活性化も可能となります。
とかく上下関係が問題になりますが、組織の目的や目標に向って、何をしなければならないかという視点に立てば、その場には上下関係などない対等の場が生まれるのではないでしょうか。
ホスピタリティを実現する組織とは
複雑化・多様化した現代社会において、これまでのような顧客満足だけの追求では将来性はありません。顧客満足から始まり、従業員を「内なる顧客」とみなした従業員満足と、最終的に経営者側の満足を最適なものとする経営が求められています。
経営者側が一方的に動機付けを行い、従業員が単に対価(給料)を得るのではなく、従業員は仕事を通して「何をし、何に満足するか」、企業は経営を通して「何をし、何に満足するのか」といった視点も必要な時代と言えるのではないでしょうか。つまり、経営者側と従業員といった関係だけでなく、従業員と顧客との関係においても、最適な関係の構築に注目するべきです。
成功している組織は必ず人財を大切にしていますが、従業員の存在意義と存在価値を認めることから、本気で働き、切磋琢磨することで進化することができるのです。組織の成長にとって従業員の成長は必要不可欠なものでもあります。モチベーションを起こすことによって従業員がレベルアップすることの先には、組織への帰属意識や働きがいから、最終的に生きがいを感じられるような組織が生まれるのではないでしょうか。もちろん、組織にも社会的な存在意義と存在価値が求められているのですから。
ホスピタリティで人を動かす
人と人との関係において大事なのは、相手を信頼する前には必ずある状態・情態と言える「不安の除去」だと思います。ちょっと意味合いは違いますが、顧客に対しての第一歩もそうですし、従業員に対してもそうです。私はホスピタリティを「相互満足しうる対等となるにふさわしい相関関係を築くための人倫」と定義しています。特に重要なのが「対等となるにふさわしい」という考え方です。「双方の間に優劣・高下がなく、その場の相互間に生じる各種の影響などが穏やかで、物事のそうあるべき道筋に当てはまっていることを指す。また、やり方、モノの言いぶり、身のこなし方などに、自分に比べて相手の立場や気持ちを理解しようとする心が、注意深く行き届くようにすること」と定義していますが、良い関係性を構築する上での基本と考えています。
一方通行ではなく、交流する双方向の関係の構築がより良い関係性へとつながるといえます。そして大事な要素として、曖昧な言葉遣いを避けることです。不安を消すことの大きな要素であり、これは対顧客の場合でも、上司と部下などの場合であっても共通点はあります。安心できる言葉遣いが大切なのです。
ビジネスリーダーの役割
組織の目的・目標を明確に示していくことが経営者やリーダーの役割です。理念なき企業は必ず倒産します。さらに、過去を見据えながら、将来のために今どうすべきかを考えなくてはいけません。時代の変化をいかに捉えるかが重要なのです。マネジメントとはデザイニングです。世界の全体像を理解し、絵を描き、目的を設定して、論理を構成する。そして、自社を深く理解しながら運営し、競争と共創を生む場をつくることを意識することが必要なのではないでしょうか。
また、適財適所でいうと、どの人財にどの役割をさせるかは、一番難しいのかもしれませんね。そのためには個人個人の特性を引き出すことが重要になります。それにはまず、リーダーが、それぞれのチームの分析をしないといけません。現状を把握することから始め、企業の中の多種多様性を認めることで新たなシステムを作り上げていくことが大切だと思います。
ホスピタリティ・マネジメントの志向
時代の変化と共に、マネジメント手法も変わりますし、業種によっても違いはあります。ホスピタリティ・マネジメントは、多種多様のマネジメント手法の中から、場に適したマネジメント手法をいかに取り入れ実践するかという志向です。マネジメント手法の適財適所とでも言うもので、マネジメントの調和とも言えます。
日本の暖簾にみる「客よし、従業員よし、経営者よし」という「三方よし」といった経営は、古くからある経営志向です。組織も社会の中での存在意義と存在価値が問われている現在において、その組織に関係する多くの組織や人との関係性は、経営において無視できない要素なのです。
また、これまで経営における財産には、「人材」と表すように人は第一ではありませんでした。しかし、社会生活における機械化(自動化)が進む今こそ、人も財産であるという「人財」への認識は、顧客と従業員と経営者といった3方向の関係性にも大きな影響を与えてきていると思います。
複雑化・高度化・高速化・高質化している現代社会での経営は、最適化を目指すものであると言えるでしょう。情報が氾濫し、選択肢が増大する一方で、より良いものを選ぶための困難は避けることはできません。また一つの組織だけで完結するというよりも、数社での取り組みも増加しています。だからこそ、自立・対等・連携といった概念が注目されているのです。
また、ベストプラクティスは、組織の規模・資金などの違いから、そのまま自社に取り入れることには無理があります。場づくりは、まずは自社を知ることから始まると言えるでしょう。今後は、自社にとってのより良い環境を目指し、最適な規模、人員数などを考慮する方向にあると思います。