感動するサービス ―2ストライク・1ボールのポジティブ・アプローチとは?
第7回クオリティサービス・フォーラムを開催いたしました。フォーラムでは、「お客様に選ばれる店づくりの追求」をテーマに、顧客満足度調査「ミステリーショッピングリサーチ」で極めて高い評価を得た企業による事例発表や講演を通じて、商品やサービスによる提供価値向上、また人材育成と仕組み構築によって、既存客を優良顧客に変えるための秘訣に迫りました。本記事では、「お客様の感動」を生み出す秘訣について、弊社常務執行役員の渋谷行秀が講演した内容を、前編・後編にわけレポートします。
※『季刊MS&コンサルティング 2013年夏号』掲載。
※ 記載の会社概要や役職名などは掲載当時のものです。
関連コラム:感動はホスピタリティから生まれる、「お客さまの感動」を生み出す秘訣【後編】
「お客様を喜ばせたい」と、スタッフが感じることが第一歩
「社員満足(ES)向上」を進めてスタッフの働きがいを高めることで、「顧客満足(CS)向上」も進み、お店のファンが増え、「企業の収益」が向上する。このフレームワークをサービス・プロフィット・チェーンと呼びます。
サービス業に携わる方なら、しばしば耳にしたことのあるフレームワークかもしれません。現場のモチベーション次第で、お店の雰囲気がガラッと変わり、売上も好転(あるいは暗転)することは、お店を管理する立場の方であれば実感されていることではないでしょうか。
お客様に「満足」ひいては「感動」するほどのサービスを提供するための第一歩は、お客様に接するスタッフ一人ひとりの「お客様に喜んでいただきたい」と思う心を育むことなのです。
そして、それは顧客満足(CS)や店舗業績の向上にとどまらず、スタッフ自身の「仕事が楽しい、やりがいがある」という実感をふくらませることにもつながり、サービス・プロフィット・チェーンとしての好循環が始まります。
※出所:「サービス・プロフィット・チェーンの実践法(原題:Putting the Service-Profit Chain to Work)」より弊社編集
そのため、利益や生産性を多構えるアプローチはさまざまありますが、弊社が提供しているリサーチやそれに基づくコンサルティングでは「現場で働く人の意識・やりがい」を中心に据えています。理論的に正しい計画を立てても、働くスタッフの意識が変わらなければ、目に見える成果を得ることはなかなか難しいものだからです。
弊社が最初から「現場で働く人の意識・やりがいを中心に据える」という考えを持っていたわけではありません。さまざまな試行錯誤を行ってきました。理論上は効果的な営業管理システムをつくっても現場の反発で定着しなかったり、データを採取しKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)の設定を進め、個々人の弱点を特定する方法論では成果が高まったものの、その仕組みが定着しなかったりといった具合です。
そう悩み続ける中、顧客満足度調査「ミステリーショッピングリサーチ」と出会い、現場のスタッフが最も共感し、やる気になってくれるのは「お客様からの声」だと気づきました。そこから本格的にノウハウの開発を進め、CS(顧客満足)のさらに上の概念としてCIS(顧客感動満足=Customer Impressive Satisfaction)、同様にEIS(従業員感動満足= Employee Impressive Satisfaction)を設定し、「お客様とスタッフの気持ち」に焦点を当てたご支援を始めたところ、現場のスタッフの方々の意識が前向きになり、サービス・プロフィット・チェーンの好循環が生まれるようになったのです。
関連コラム:従業員満足度に取り組む今こそ知っておくべき『SPC理論』
「満足」=「期待通り」では、差別化にはならない
ここから拙著『こうすれば顧客満足を超える店になる』をベースにしながら、「顧客感動満足(CIS)の実現」と、それを叶える「従業員感動満足(EIS)の実現」について考えていきたいと思います。
そもそも、顧客満足度とはどう決まるのでしょうか?お客様の「お店に入る前の気持ち=期待」が「お店を出たときの気持ち=現実」のバランスで決まると考えるのが一般的です。
弊社では、この期待と現実が等しい時のお客様の気持ちを、「満足」と表現し、現実が期待を上回ると「感動」になり、逆に下回れば「不満」、場合によっては「被害者意識」をもたらすと定義しています【図1】。
【図1】お客様の満足とは
顧客満足の度合いは、下記5段階で表すことが可能。満足で十分と思われがちだが、それでは差別化は難しい。
※出所:『顧客ロイヤルティの経営(佐藤知恭著、日本経済新聞出版社発行)』を参考に弊社編集
業種によって異なりますが、ある程度順調に運営できているお店の調査であれば、概ね7割程度のお客様が「満足」以上の評点をつけるでしょう。一方で、その中で「感動」レベルに至るのはわずか2割程度にとどまります。「顧客満足(CS)」は期待通りですから、お客様の印象に残りません、「顧客感動満足(CIS)」を目指すことが重要です。
飲食業界を例にとって考えてみましょう。東アジアのように、飲食市場そのものが成長している状況なら、たとえCS調査の満足以上の評点が5割に満たなくても、市場の拡大と共に自店も一緒に伸びていくことも出来るでしょう。
一方、日本の飲食市場の規模は97年の30兆円をピークに今や24兆円を切っています。このように市場が縮小傾向にある中で、満足レベルで"満足" していたら、隣の店舗に負けてしまいます。サービスの標準化の時代から差別化の時代に突入したいま、満足を喜びへ、喜びを感動へと引き上げることこそが生き残りの策となるのです。
2ストライク・1ボールのポジティブ・アプローチ
では、どうしたら顧客感動満足(CIS)を実現できるのでしょうか?次に、「顧客満足度とロイヤルティの関係」を表した【図2】をご覧ください。この図には2つの重要なヒントが隠されています。
1つ目は、満足が感動になると、顧客ロイヤルティ(リピート率)がぐっと上がり、業績向上につながる可能性が高いこと。もう1つは、満足未満の状態を満足まで引き上げても、顧客ロイヤルティ(リピート率)の向上にはあまりつながらないないということです。
【図2】顧客満足度とロイヤルティの関係
満足が感動レベルに上がることで、リピート率がぐっと高まる。
※出所:『いかに「サービス」を収益化するか(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 編訳、ダイヤモンド社発行)』を参考に弊社編集
顧客満足(CS)の重要性はどの企業も認識されています。しかし、顧客満足(CS)向上に取り組んだ結果、業績も伸びているかと問いかけると、YESと答えられる企業は多くありません。
90年代に第1次CSブームがありましたが、その出発点が「お客様の苦情を聞くこと」でした。マイナス点、クレームをなくすことが顧客満足(CS)向上策だと考えられていたからです。しかし、グラフが示す通り、マイナスをゼロにするだけでは、実は業績にあまり影響しません。
そこで大事なのが、「不満を満足にする活動」と、「満足を感動にする活動」を別のものとして捉えることです。前者ももちろん大事ですが、後者を推進しなければ業績やサービス・プロフィット・チェーンの好循環にはつながらないのです。
つまり、顧客満足(CS)の度合いを「満足レベル」からさらに「感動レベル」へと引き上げるために大事なのは、"弱み" ではなく" 強み" に注目し、それを伸ばす「ポジティブ・アプローチ」です。
【図3】物事を改善する際の2つのアプローチ
マイナス要素(弱み)を見つけて改善する「ネガティブ・アプローチ」と、
プラス要素(強み)を見つけ伸ばす「ポジティブ・アプローチ」
【図3】は、物事を改善する際の2つの異なるアプローチ方法です。左の「ネガティブ・アプローチ」は、まず問題を見つけ、問題がなくなるように取り組むやり方、いわばマイナスを埋めていくやり方です。
対して右の「ポジティブ・アプローチ」は、強みの発見をスタートとします。お互いの価値を認め、強みを伸ばしていくやり方です。弊社では、この「ポジティブ・アプローチ」の考え方を改善プログラム(顧客満足度調査をきっかけに現場の気づきを促し、ホスピタリティのある組織へ導くプログラム)のベースとして取り入れています。強みを伸ばすことで競合店との差別化につながり、満足を感動へと引き上げることが可能になるのです。
もちろん、お客様の不満を無視して良いわけではありません。そこで、弊社ではプラスの面とマイナスの面に2対1程度の割合で注目することを提案しています。野球のストライク・ボールのカウントに置きかえれば、強みに着目するアプローチをストライク、弱みをなくしお客様の不満を満足にするアプローチをボールとして、2ストライク・1ボールというイメージになります。
改善活動は順番が大切です。あまりに基本ができていなければ、当然お客様にリピートしていただくことはできませんが、不満の解消ばかり行なっていてもお客様から感謝されることは少なく、業績的成果にもつながりにくいため、達成感も得られません。
是非、ストライクの方から始めていただきたいと思います。そこで、強みに目を向けお客様に喜んでいただくことを目指して取り組むことで、自然に弱みに対して「もったいない」という感覚が生まれ、すべての改善がうまく運んでいくのです。
ポジティブ・アプローチから始める組織改革
強みの発見をスタートとする「ポジティブ・アプローチ」が、競合店と差別化・お客様の「満足」を「感動」レベルへと引き上げることをお伝えさせていただきました。
では、強みとはどのようにしたら発見できるのでしょうか?個人や組織の強みを探求するにあたり、まずは、下記のような問いから始めてみて下さい。
【強みを発見する問いかけ】
①組織の仲間が、最も仕事のやりがいを感じる瞬間はどのような時ですか?どのような時に自分達のやる気が充実すると感じますか? |
問題を発見し潰していく「ネガティブ・アプローチ」だけでは、印象に残るサービスを提供できる組織は作れません。加えて、組織の強み・良い面・成功体験に着目する「ポジティブ・アプローチ」に取り組むことで、顧客感動、お客様の印象に残るお店をつくり上げることができます。
現在のように市場が成熟し、競合店も多い中で、お客様から選ばれるためには、「将来なりたい姿」とのギャップを埋める為の行動を検討・実施する時は、2つのポジティブ、1つのネガティブ改善、「2ストライク1ボール」で取り組むことが大事です。
満足を感動に押し上げるホスピタリティとは
顧客感動を提供できるお店になるには、「弱みよりも先に強みに注目すること」「強みを発見し伸ばすこと」 が大切だと述べました。加えて成果を左右するポイントが【図4】に示した「お客様目線で考えること」です。
【図4】お客様目線とは
「自分たちは何をすべきか」という発想は提供者目線、
「相手が必要なことは何か」と発想するのがお客様目線。
そんなことはすでにやっていると思われるかもしれませんが、皆でディスカッションして出てくるアイデアは、「挨拶の徹底」「清掃の強化」「お客様の誕生日にはサプライズ」など、いずれも、自分たちが何をするか、つまり提供者目線になりがちです。
人は「期待を上回る」対応をされたときに感動します。それならばまず、お客様の期待を知らなければいけません。よく、「当店は20~30代の女性がターゲット」などといいますが、20歳と39歳では当然期待する内容も違うでしょうし、同じ人でも誰と来るかによって異なります。
夫婦やデートならムードを邪魔しないさりげない接客や距離感、子連れならば親の料理よりまず子どもの料理が出てくることや子どもへの声掛け。同じお母さんでもママ友会ならば、気兼ねなくおしゃべりを続けられるメニュー構成が喜ばれるでしょう。
考え始めるときりがありませんが、これらを常に想像し続けることが、「お客様目線」になることなのです。「~すること」とマニュアルに記載できない、「この方には~をして差し上げたい」という気持ちが、感動していただける対応の源泉になります。
そのためには、「気づきの教育」が必要です。気づきの力を養うのは簡単なことではありませんが、顧客満足度調査で届くコメントを深く読み込んだり、毎日その日の出来事を振り返る習慣をつけていけば、着実に力を高めていくことができます。
【図5】目指すべき感動満足とは
人の感動は下記の3種類に分けられる。顧客満足度調査に見られる
「感動コメント」で圧倒的に多いのは③のホスピタリティ。
ちなみに、感動は上記【図5】に示した3種類に分類できます。1つ目がサプライズ、2つ目がプロの技、3つ目がホスピタリティです。実は、顧客満足度調査「ミステリーショッピングリサーチ」で感動の評点を得たレポートでは、3つ目のホスピタリティに分類される「ちょっとした気配りに対する感謝のコメント」が圧倒的に多く、また、再来店への影響も強いのです。
混同されがちですが、「サービス」と「ホスピタリティ」は似て非なるものです。【図6】に示した通り、サービスはあくまで「これだけのお金を払うからこうしてほしい」という等価価値の交換。一方、ホスピタリティはそれを上回る付加価値の提供を意味しています。これが、受け手の感動にまでつながっていくのです。
【図6】ホスピタリティの概念
期待を満たすことは、あくまで等価価値の提供、サービスである。
これを上回る付加価値の提供を、ホスピタリティという。
後編では、サービスとホスピタリティの違いについてより詳しく解説するとともに、ホスピタリティを実現する従業員感動満足(EIS)の向上についてご紹介いたします。
後編はこちら:感動はホスピタリティから生まれる、「お客さまの感動」を生み出す秘訣【後編】
【書籍のご案内】
『こうすれば顧客満足を超える店になる サービス・プロフィット・チェーンの実践ノウハウ(著:渋谷行秀、出版:商業界』
※ISBN-10: 478550417X ISBN-13: 978-4785504175
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