ハードとソフトを掛け合わせた「新・産直流通」 MSRの活用で多業態戦略に「一体感」
株式会社RETOWN
株式会社フィッシャーマンズマーケット
http://www.nakanoshima-gyoko.jp/
『季刊MS&コンサルティング 2015年秋号』掲載
取材:北村 裕介
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。
産直活魚の直売所というコンセプトに基づき2015年2月に大阪・中之島にオープンした複合商業施設「中之島漁港」。全国の港からの「産直」流通を実現するビジネスモデルと、ミステリーショッピングリサーチ(以下、MSR)を活用したホールスタッフの提案力強化によって、「ほんものを誰にでも」という経営理念を体現する魅力的な業態づくりに成功している「中之島漁港」の生みの親、株式会社RETOWN代表取締役の松本篤氏にお話を伺った。
初めに、「中之島漁港」のビジネスモデルについて教えて下さい。
「中之島漁港」は、産直活魚を軸とした複合商業施設です。
日本全国の港から直送された活魚を販売する卸・小売販売部門と、それらの魚をその場で食べることができる併設飲食店「中之島みなと食堂」の二つの機能を持っています。
メインとなる卸・小売販売部門は、一言で表すと「活魚の直売所」。大阪近隣の漁港はもちろん、日本全国の港から魚を活きたまま仕入れ、販売することをコンセプトとしています。その新鮮な魚をその場でお召し上がりいただけるのが「中之島みなと食堂」です。こちらには鮮魚を浜焼きで楽しんでいただけるバーベキュー場も併設しています。おかげさまでテレビなどでもたくさんご紹介いただき、一般のお客さまに大勢いらしていただいていますが、このような店舗が運営できるのも、卸・小売販売部門という基盤があるからこそと考えています。
「中之島漁港」を立ち上げた経緯とは。
弊社は「ほんものを誰にでも」という理念を掲げ、消費者と生産者を幸せにする挑戦を続けてきました。その一環として、7年前に株式会社RETOWN(リタウン)として初めての海鮮業態にチャレンジし、本マグロの産地である和歌山県勝浦漁港の水産会社と共同で、海鮮居酒屋を出店しました。その店は35坪で月商1400万円、利益も月に500万円というモンスター店となったのですが、その後メイン商品である勝浦本マグロの水揚げが大幅に縮小し、看板商品がないという年が続いてしまいました。その経験から、一つの産地、一つの魚種に頼って海鮮業態を多店舗展開することの難しさを、身をもって知りました。
それで、何年もかけて全国の漁港を回られた。
そうです。全国の漁港100カ所以上を自分の足で回りました。その経験から改めて、日本は海に囲まれていて四季折々のおいしい魚が食べられる環境にあることを感じ、そうしたおいしい魚が全国から集まる仕組みを作りたいという気持ちになりました。
それと同時に、そういった水産流通の仕組みを作り上げるためには、複数の問題を解決しなければならないと感じました。一つ目は、値決めの問題です。現状の仕組みですと、漁港での浜値が市場の売値より高い日が存在するくらい、産地が直接値決めを出来ない状況で、港に揚がった魚を市場に送るというビジネスだけでは、手数料や物流費を考えましても、産地はとても成り立たないのです。そういう状況を目の当たりにして、産地が直接値決めに関われるような流通の仕組みづくりの必要性を感じ、「それって直売所だな」と思いつきました。
二つ目に、産地から仕入れたおいしい魚であっても、品質が安定しないということが分かりました。魚を流通させるまでの間の扱いが悪ければ、当然のことながら劣化が早くなってしまいます。その一方で、魚を活かすことに特化している漁港がたくさんあることもわかりました。それで、魚を活きたまま大阪に持ってきて、自分たちが責任を持って絞めることができれば、高い品質の魚を安定して提供することができると考えました。
中之島という場所を選ばれた理由は。
まず、もともと私自身、大阪の魚の流通事情を改善したいという思いがありました。というのも、「大阪の魚はおいしくない、新鮮ではない」と言われることがあるからです。たとえば大阪にある最高級の寿司店は、魚を築地から仕入れることもあるそうです。なぜかと言うと、築地は銀座と紐づいていて販売力があり、良い魚は築地に送るのが一番高く売れるため、おいしい魚は築地に行ってしまうのです。でも、築地から仕入れるような高級店ではなく、一般的なお店でもおいしい魚が食べられる仕組み、つまり良い魚を手ごろな値段で流通させる仕組みを作れないかと考えるようになりました。
さらに、このビジネスモデルは都会でやりたいと思っていました。生産者に対して、小遣い稼ぎではなく、生活を劇的に変えるほどのインパクトを与えようと思ったら、どうしても都会でやる必要があるからです。
そんなときに、水都大阪パートナーズさんとの出会いがありました。大阪は、都会には珍しく川が張り巡らされた地形なのですが、水辺の活用を進めることで大阪全体の魅力を上げていこうという趣旨で立ち上げられたのがこの水都大阪プロジェクトで、こちらからのご紹介もあり、中之島という場所を選びました。私たちが目指すのは、お客さま・スタッフ・生産者・そして出店させてくれる町を活性化することです。ですから、新しい水産流通の仕組みづくりと、大阪の水辺の活性化が同時にできるのであれば、これ以上の場所はないと感じました。
手頃な価格で鮮魚を提供する新しい仕組みの取引所、中之島漁港。各地の漁港で獲れたての魚介類を活きたまま街に運ぶ。まるで港にいるようなイベントも多数行われている。
立ち上げから半年、いろいろな困難もおありだったかと思いますが、印象に残っていることはありますか?
「中之島漁港」としての理念の浸透が難しかったです。スタッフの中には水産流通業界の経験者もいて、市場の相場も把握しており、「今のタイミングなら産直よりも市場のほうが安いので、市場で買いましょう」という提案が上がってきたことがありました。もちろんそれも一理あるのですが、「中之島漁港」の理念は「産地が値決めに関われるような仕組みを作る」ことなので、1円でも安く消費者に魚を届けるというのは、既存の小売企業さんにお任せして、我々は我々のすべきことをしようという話をしました。最近ではスタッフにもこの理念を理解してもらえるようになり、仕入れについても納得してくれるようになりました。
理念の実現に向け、どのような方策を講じられていますか?
いくら活魚と言っても、いけすの中で徐々に魚は弱ってきますので、魚の回転を上げることが鍵です。そのために卸・小売・飲食の循環をスピーディに回すことが第一のハードルです。
現在は小売と飲食がメインとなっているため、売上が読みづらく、発注が計算しにくいという課題があります。しかし、強気な発注ができないと品ぞろえが悪くなってしまうので、そうならないためには安定した出口を複数持っておく必要があります。そのための方策の一つとして2015年8月にオープンしたのが、産直の魚だけで運営する鮨居酒屋「寅組」です。産直だけだと仕入れが安定しないので難易度は非常に高くなりますが、そういう店舗をしっかりと運営できるようになることで会社としても経験値が積めますし、お客さまに対してもストーリーや背景が伝わりやすい、魅力のあるお店になってくると思います。
そして、ここで重要になってくるのが、料理人のスキルとホールスタッフの提案力です。季節によって、あるいは日によっても仕入れる魚が変わりますので、料理人はそれに応じたメニューを組み立てられなければなりませんし、一般のお客さまにまだあまり知られていないような珍しい魚は、ホールスタッフがしっかりと提案できなければ売れませんからね。そういった珍しい魚の魅力を伝えるために、メニューと接客でお客さまに魅力を伝える取り組みをしております。まずメニューの面では、メニュー会社のウイングッドさんに全面的にバックアップをいただいております。ウイングッドさんが作成してくださったメニューのおかげで、商品の魅力がお客さまに伝わり、より高いお客さま感動満足を得ることができていると実感しています。次に接客では、MS&ConsultingさんにMSRの実施と、そのレポートを活用しての研修を毎月実施していただき、お客さまへの接近戦を強化しております。この二つの取り組みによって、より高いお客さま感動満足を獲得できていると確信しています。
寅組職人の技:新鮮な食材もさることながら、豊富な経験を積んだ寿司職人が腕をふるっておもてなしをする。
寅組店内:古民家の資材で手作りされているので、趣のある雰囲気の中で食事を楽しめる。
ありがとうございます。御社では「OSHO」というスローガンを掲げて、MSRを活用した改善活動に取り組んでいらっしゃいますね。
「OSHO」とは、「おいしい」のO、「清潔」のS、「ほんもの」のH、「おもてなし」のOです。この4つのキーワードをお客さまに感じていただくためには具体的に何をしなければならないのかを考えて、取り組みを実施しています。
弊社では先ほどの「寅組」のような海鮮業態をはじめ、焼き鳥や焼き肉など複数の業態を展開しているのですが、このように複数の業態を並行して展開していると、どうしても業態ごとの特色が出てしまうというか、会社としての一体感が薄くなってしまうという問題を感じていました。しかし、「OSHO」という共通のスローガンを全社的に掲げることによって、会社としての一体感が増したと感じています。
さらに、MS&Consultingさんに毎月研修を実施していただいている中で、MSRのレポートの中の「(このお店に)また来たいと思いましたか」という設問で満点を獲得できたかどうかを重要項目として設定して、継続的に追いかけています。この数字を追うことで、スタッフは「前に進んでいる、良くなっている」という実感を得ることができるので、活動の原動力の一つになってくれています。
最後に、今後の展望をお聞かせください。
「中之島漁港」の運営を通じて、品質・鮮度の高い魚、背景がしっかりわかった魚へのニーズが、飲食業者さんにも、一般のお客さまにも、非常に強くあるということを実感しました。そうしたご期待に応えていくためにも「中之島漁港」の品質をしっかり上げていきたいということが一つ。そしてもう一つは、有効利用することができていない場所をうまく活用していくことによって、付加価値を提供していきたいと思っております。来年の春にも、大阪南港のショッピングモール「ATC」で、「中之島漁港」のような新しい施設をオープンさせる予定で動いていますので、ぜひこちらも「中之島漁港」と合わせて注目していただければと思います。
旬の魚介を「生きたまま」集めるコンセプトが受けて、グルメにうるさい関西人が押し寄せている。来場者が大型のいけすを眺めて品定めする光景は地方の港町さながら。水都大阪を象徴する新名所に。
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