価値観の共有・育成が 自主的な改善活動のベース
株式会社MASHU
『季刊MS&コンサルティング 2011年春号』掲載
取材:宗像吉樹、文:高島 知子
※記載されている会社概要や役職名などは、インタビュー(掲載)当時のものです。ご了承ください。
競争が激しい美容業界において、20年以上にわたり着実に事業を拡大している美容室MASHU。技術力に加え、高い接客力と豊富なサービスが顧客に受け入れられている秘訣だ。その背景には、「MASHUは人材育成業」との考えに基づく充実した価値観教育や、ミステリーショッピングリサーチ(以下MSR)を活用したサービスのベースアップへの取り組みがあった。
トータルビューティ掲げて事業拡大
MASHUは、大阪に6店舗を展開するヘアサロン。専属のメイクアップアーティストによるメイクを無料で提供するという独自のサービスを導入し、「トータルビューティー」を掲げて顧客の支持を獲得している。
創業社長である増成進代表取締役社長は、「1日しか持たず、かつ自分でも日常的に行っているメイクという行為そのものは、ビジネスにはなりにくい。だが、メイクは女性にとっては欠かせないもの。ヘアと組み合わせて提供することで、顧客に対する貢献度を高めている」と、その意図を話す。約7~8年前から開始したこのサービスは、いまや女性顧客の半数以上が利用している。現在はネイリストの常駐化も進めており、フェイシャルなどのサービス拡大も視野に入れているという。
代表取締役社長 増成 進氏
経営者研修を機に人材が定着するように
美容師は技術職であるが、同社では技術力のみならず、接客力の維持向上にも重きを置いている。新入社員の研修カリキュラムに、仕事への心構えに関する項目が厚く盛り込まれているのも、同社の特徴だ。
これは、増成社長の「MASHUは人材育成業」だとする考え方に根差している。
平成元年、MASHUは社長夫婦とスタッフ二人という規模で創業した。一人が辞めると言い出すと、もう一人も辞めてしまう状態。「組織化した経営にずっと憧れていた」と、増成社長は当時を振り返る。
人材が定着するようになったのは、創業して5年ほど経った頃、経営者向けの研修に参加したことがきっかけだった。「自分は職人だと思っていたので、技術の研修やコンクールにはよく参加していたのですが、組織論や心理学などを学ぶのは初めてでした。そこで、人が辞めていくのは自分の問題だと気付いたのです」。
経営者として、スタッフに将来のビジョンを伝えられていないから、有望な人材が辞めていってしまう。それを実感した増成社長は、店全体で目標を共有し、社員とのコミュニケーションに努めるようになった。さらに、一人ひとりの人材育成に力を入れていく。
「美容室には人材を育てる機能も当然必要ですが、MASHUではそれを全面に出して『人材育成業だ』と捉えるようにしたのです」。MASHUの人材育成プログラムは、入社3カ月目、1年目など悩みを抱えがちな時期に対応して練り上げられ、現在も改善を重ねている。
同社ならではの取り組みとして、10分間無料のメイクアップサービスを提供している。顧客の評判もさることながら、美容師とメイクスタッフがそれぞれ刺激しあい、サービスの質が向上するという効果もあるという。右写真はマシェラ店のメイク説明用化粧台。
100万スタイリストの育成にMSRが重要な役割を担う
MASHUの接客力向上には、綿密な人材育成プログラムに加えて、現場での情報共有も重要な柱となっている。たとえば各店舗では、顧客カルテを元にした「お客様会議」を毎朝実施している。担当スタッフが施術の間に会話を通して得た情報を、カルテに詳細に記しておき、その日に来店する顧客のライフスタイルや好み、望ましくない話題などをできるだけ共有するのだ。
また、CS改善の一貫として約3年前から導入しているMSRも現場で共有し、「顧客の不満要因を除くために活用している」と増成社長は話す。一般的に、不満要因の排除からCS改善活動を開始すると、現場のモチベーションが下がることが多い。だがMASHUでは、スタッフの多くがプロパー社員であり、同社の理念を若手のうちから共有していること、そして5年に及ぶ徹底した価値観教育によって、即効性のあるアプローチが可能になっている。
「一般的には“不満”の反対は“満足”ですが、美容室では“不満”の反対は“不満がない”状態であると捉えています。電話対応やカウンセリングの仕方、シャンプー時の水はねなど、現場には実はカット技術以前の不満要素が非常に多い。これらがすべて解決した上で、ヘアスタイルのリクエストにお応えするという段階になります。だから、まずは“不満がない”状態をつくるために、MSRを活かしています」。
具体的には、MSRで指摘された内容を不満要因と捉え、各店長を介して現場に落とし込み、細かく改善を図っていく。同社では、一人前のスタイリストの基準として、ひと月に100万円を売り上げる“100万スタイリスト”をスタッフに提示しているが、不満要因を取り除くことは、100万スタイリストの育成に大きく関係するという。不満要素の解決が、店舗全体のサービスのボトムアップだけでなく、一人ひとりのスタッフ育成にも効力を発揮している。
転職や独立が多い美容業界にあって、スタッフはほとんどが新卒採用で入社した社員だ。技術や接客面の研修の山場となる2年目は「続くかどうかの分かれ目」だというが、定着率は非常に高い。特に、スタイリストになれば辞める人はほとんどいないという。
個性あるスタイリストの育成に注力
研修を充実させ、MSRで不満要因の把握・解消に努めた先にあるのは、さらに上を行く個性あるスタイリストの育成だ。「不満要因を取り除いたからといって、そのままリピート率に跳ね返るわけではない」と増成社長は指摘する。
「不満要因を解消した上に成り立つのが、“感動要因”。顧客視点でみると、不満がないのは当然で、その上でスタイリストが自分にすごく合っていると感動するくらいでなければリピーターにはなりません。そのレベルになると、個性をどう確立するかという話になります。個性とは何かを卓越させることで出てきますから、専門知識を活かした提案力やデザイン力、人を楽しませ安心させるコミュニケーション力などを磨くことが次に必要になってくるのです」。
店長に求める要素を上図のように「タスク機能」と「メンテナンス機能」に大別している。リーダーとしての資質に関する要素が上部に、店舗運営に関する要素が下部に記されている。「これらの要素をバランスよく兼ね備えるのが理想」と増成社長。
MSRを朝礼に組み込み日常的に活用
MASHUでは、オーナーとマネージャー、各店長が参加する幹部会で、店舗ごとのMSRの点数や高スコアを獲得したスタッフを発表している。MSRの結果を現場でどう活かすかは、それぞれの店長に任せられている。
たとえばMASHU ADOBE店の綱城裕子店長は、「朝礼で随時、今月の目標を問いかけたり、MSRで課題になっていることを話すなど、MSRを使って常に仕事を振り返る視点を持てるように促しています」と話す。
さらに、“サイライズ”と呼ばれる顧客の再来訪を促すためのチームがMSRを主体的に管理し、朝礼で数カ月前の評価を再度振り返るなど、自主的な活動が推奨されている。また、MSRの結果を受けて改善を試みた項目は、しばらく後に、それが達成できたかどうかを常連の顧客などを中心にヒアリングしているという。各項目は管理表に整理し、○×をつけて、改善の成果が目に見えるよう工夫している。
ヘアサロン業界ではPDCAサイクルのC(チェック)機能が課題と言われているが、MASHUではそのようなフォローの仕組みを敷くことによって、現場でのPDCAサイクルを確立させているのだ。
店の前に設置したスタイリスト紹介パネル。
“250万スタイリスト”を育てる取り組み
MSRはCSの向上だけでなく、現場のスタッフのモチベーション向上に非常に役立っているという。「私たちは技術職ですが、接客業でもありますから、やはり名指しで褒められると手応えは大きいですね。MSRは、実際のお客様がなかなか口にしづらい潜在的なクレーム要素を把握できるというメリットのほかにも、私だけでは気が付かないスタッフの良いところも挙げてもらえるので、それが皆の向上心を刺激しています」。
同社が掲げる“100万スタイリスト”の次のハードルとなるのが、“250万スタイリスト”だ。100万スタイリストまでは、個人のスキルを磨けばなることができる。しかし、月間250万円の売上は一人では達成できない、と綱城店長は指摘する。「アシスタントに『この人に付きたい』と思われるような人望がないと、難しいんですね。その点でも、スタイリストには技術力と同じくらい、お客様への接し方やコミュニケーション力、そして同時に、人間力を磨いてもらいたいと考えています」。
「MASHUは人材育成業。スタッフに『MASHUにいて良かった』と思われるような会社にしたい」と話す綱城店長の言葉は、増成社長の考えと一致している。こうした同社の価値観共有のレベルの高さが、顧客のリピートを促す心のこもったサービスを提供できる要因だと言えるだろう。
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