顧客満足の追求で新規再来店率65%を実施 サロン事業の確立から新事業展開へ
株式会社トミーズ・スター
『季刊MS&コンサルティング 2010年冬号』掲載
取材・文:藤平吉郎
厳しい戦いを迫られる美容業界
厚生労働省の調査によると、全国には美容室(サロン)が約22万店、美容師が約43万人存在する(2007年時 点)。サロンの数は2000年度を境に毎年約2~3万件ずつ増え続けているが、各店舗の客数は減少傾向にある。いわゆるオーバーストアの状況だ。特に小規 模店は厳しい経営環境に置かれ、今後は一層の淘汰が進んでいくと見られている。
一方で、美容師資格の新規取得者数は2004年以降、減少傾向にある。美容師の数はこれまで毎年増加を続けてい たが、今後は美容師が減っていくことを示唆している。サロンによって異なるが、専門学校に2年間通い、約3年間の修行を積み、美容師を志してから合計5年 間の歳月を掛けてデビューするというのが美容業界の常識だ。また、美容師の資格を持っていなくても、ネイルアートやエステティシャンなどの分野であれば比 較的早期に活躍の場が持てる。長期間の修練が必要な美容師を目指す若者は年々減ってきているのが現状だ。
このような情勢の中、各サロンでは、ディスカウントによって来店頻度を高めたり、スパやアロマなどのリラックス 事業や、通販などの付加サービスによって売上の拡大を図る企業が増えており、業界再編の動きが進みつつある。また、新卒学生の獲得競争も熾烈を極めるよう になってきた。
滞在時間の快適さを追求する工夫の数々
1978年創業の株式会社トミーズ・スターは、低価格路線を取ることなく、技術やサービスの充実で地域の高い支持を得て、現在23店舗と拡大基調を続けて いる。同社がブランドをつくる上で最も大切にしているのは「滞在時間を快く過ごして頂く」ことだ。これを実現するために同社では全ブランド共通で独自の接 客基準を設けており、これが厚いファンを獲得している。ユニークなのは、新規・常連客共に、予約の際にはパーマやカラーなどのメニューを聞かないこと。来 店後にカウンセリングを行い、お客様の要望に合わせたメニューを直接提案している。最初にメニューを聞けば時間調整できるが、あえてそれをしない。また、 美容師は経験に関係なく、原則として最後まで一人のお客様に付きっきりだ。そして、たとえビルインの店舗であっても、施術後はビルの外まで見送ることは同 社では当たり前のこと。この姿勢を貫くために、1人の美容師が1日に担当するお客様は最大で8人に制限している。効率よりもお客様を最優先に考えているためだ。
サービスを快く感じるか否かの最も基本的かつ重要なポイントは、「退出の予定時刻を守る」ことだという。これ は、後述するミステリーショッピングリサーチ(MSR)でもお客様満足度の低下につながる直接的な原因となることが分かっている。そのため、予約時にメ ニューを聞かない一方で、予約のお客様の退出予定時刻は必ず確認し、予定時刻を守るために細心の注意を払う。
さらに、お客様の次のご予定、ご来店の背景や性格、ご自宅からサロンまでの移動距離、過去のご来店履歴など、お 客様に快適に過ごして頂くために必要な情報はできる限り事前に確認し、毎日の朝礼時にスタッフ全員で共有する。お客様一人ひとりに合わせて、施術時に手が 空くスタッフの動き方、心配りの仕方などをシミュレーションするのだという。また、朝礼の中では「なぜ髪質の情報や知識をお客様にお伝えする必要があるの か」「なぜヘアスタイリング剤を自分たちが提案するのか」などのテーマを設け、美容師としてどうあるべきかについての意見共有や議論も欠かさない。表面的 な会話や技術ではなく、心のこもった接客サービスがお客様の心を掴むのだ。
施術面で「快適な時間」を実現する努力も怠らない。「イマジン」のラグジュアリーブランド「イマジン ラグジュアリー」では、他社に類を見ない「整顔シャンプーイング」を行っている。これは、シャンプーやトリートメントをしながら呼吸に合わせて頭皮をソフ トタッチしながら、頭蓋骨を矯正し脳脊髄液などの流れを良くするものだ。このような取組みは他にも多数ある。
毎日の始業前に行う朝礼の様子。その日に予約のあるお客様に関する情報や、スタッフ全員の一日の目標や動き方を共有する。スケジュールは一覧表で分かりやすく示し、空いている時間帯に何をするかまで話し合って決める。また、理念や考え方を共有し、プロとしてどうあるべきかを語り合う。この毎日の積み重ねが、顧客からの支持を生み出している。
MSRの導入により再来率が5%アップ
これらの取組みに加えて、お客様により快適に過ごして頂くために2009年1月から導入したのがMSRだ。「サ ロンの技術やサービスがお客様に伝わっているのか、正しいのか、そして満足されているのか、それを確認するため」と営業企画事業部部長の山下博和氏は話 す。自店のMSR調査レポートを全員がチェックし、朝礼とは別に月1回、それぞれが意見を持ち寄りミーティングを開く。良い面は継続することを確認し、改 善すべき点はどう対処していくかを話し合う。
接客サービスについて毎月テーマを決めて実行し、その成果をレポート結果から検証するという。導入から約1年が 経過したが、MSRの効果について、「お客様目線での改善点が明らかになり、改善活動が定着してきました。例えば、髪の毛がテーブルの上に落ちていたり、 雑誌の間にはさまっていたりするのが気になるという指摘を受けて、普段からお客様にしか見えない部分の掃除を徹底するようになりました。このような小さな ポイントの積み重ねがお客様の快適さを決めるのです」と山下氏は話す。同時に、これは競合サロンにとって模倣が難しい部分でもある。MSRの導入によって 初回再来率は従来より約5%伸び、現在は65%と高い水準を維持しているそうだ。
充実の教育・研修体制で1年半で美容師デビュー
美容師のレベルアップのための技術や知識、メンタル面における総合的な教育・研修体制が整備されているのも、同 社の大きな特長だ。代表取締役社長の山﨑幸男氏は、「かつて、教育システムや人事制度、社会保障などが整っていない時期がありました。そういうこともあっ て、辞めていく美容師が多かった。その反省から、教育体系や研修制度の構築に力を注いできました。社員が定着し、技術レベルが上がり、待遇も良くなること で従業員満足が高まる。それがひいては顧客満足につながってくるからです」と語る。
研修施設の「トミーズ・アカデミー芦花公園」は、アシスタント教育が目的の一つ。毎年、美容学校を卒業した美容 師の卵をアシスタントとして20名ほど採用し、週1回、アカデミーでトレーナーからカットやパーマ、薬剤の知識などを学び、それをOJT研修で実践的な技 術として身に付ける。さらに、「トミーズ・ストーリー」というマニュアルによって業務の流れをマスターし、検定を受ける。このような教育カリキュラムによ り、業界標準では最短3年と言われる修行期間よりもかなり早い、1年3ヵ月から1年半で美容師としてデビューすることが可能となっている。
研修施設「トミーズ・アカデミー芦花公園」
また、さらなる技術のレベルアップを図るため、年1回、トミーズ・コレクションを開催。モデルカット部門、パーマを巻くワインディング部門、カラーの塗り 方を競うホイルワーク部門、創作カット部門、さらにフォトコンテストがあり、それぞれ優勝を争う。このトミーズ・コレクションに向けて、部門毎に月1回の ミニコンテストを継続的に実施。美容師、アシスタントを含めた全社員が1つ以上の部門にエントリーすることが義務付けられている。今後は一般客を招いた り、他の美容室や美容学校を巻き込んだイベントにしていくことも検討中だ。この徹底した技術や知識の追求姿勢が、顧客からの支持の裏付けとなる。
トミーズ・コレクション
明確な目標数値と人事評価が連動
同社は、理念と方向性を徹底して現場に落とし込むために、約10年前から毎年1回、決算前の8月に政策発表会を 開いている。現在では全社員190人程が集まり、山﨑幸男社長が今期の方向性と、3年後までの計画を発表する。それを各事業部の責任者が受け、全社員に向 けて具体的な方策が示される。
その後、各サロンやエリアの責任者が方策に沿った1年間のサロンビジョンを作る。例えば、「仲間であふれる調布 地域」のようにテーマを決め、年商や客単価、パーマ比率、カラー比率、リピート率、トリートメント、店販などの目標数値を掲げるのだ。これをサロンの日々 の数値目標に落とし込み、個人目標も設定する。
さらに、その目標の達成度が人事評価と連動している。ランク別に予め設定された基準目標に対する現状評価が行わ れ、売上などの各数値項目も点数化し、それらの合計点数により昇給やランクアップが決まる。評価システムは全社員にオープンにしており、それが高い目標を 追求する風土につながっているという。
年間表彰。年1回、売上など各目標数値の累計で上位3位までのサロンと個人を表彰している。
美容技術を活かした新事業にチャレンジ
政策発表会で山﨑社長が強調するのが、同社の創業からの基本理念である『育てよう感謝の心』だ。「人が幸せを感 じる時というのは、人に感謝できている時なんです。そのために、自分自身が選んだ『美容』という素晴らしい職業を通して、感謝の心を育める自分作りをして もらいたいというのが私の思いです」と山﨑氏は語る。
この理念を基に、サロン経営という枠に捉われない新たな事業にも挑戦している。2004年から介護プロジェクト を始めた。全国で有料老人ホームを50施設ほど建設する事業を手掛けているオリックス・リビング株式会社と提携し、ホームの美容施設に美容師を派遣する。 「現場に立つ美容師がプロのテクニックで仕上げるオシャレを楽しんで頂きたい」と山下氏。専門の派遣美容師がいて、満床のホームでは週2回ほどの派遣実績 があるという。また、2009年10月にはブライダルプロジェクトがスタート。顧客が結婚することになり、式場でヘアーメイクを依頼されても、外部サロン が入れないことが多いという。そこで、逆にサロン側から結婚する顧客を式場に紹介できればというニーズがきっかけになった。
美容業界での存在感をますます際立たせる同社。確固たる理念に基づいた顧客志向の追求の先には、新たな可能性が溢れている。
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